The Great Gatsby 第1章

Chapter I

 

今より若く、傷つきやすかった時分、父がある助言をしてくれた。今にいたるまで、噛み締めている教えだ。

 「ひとを批難したくなったときには、いいか、この世の誰しもがお前ほど光った人間というわけではない、そう思うように」

 父はそれ以上を言わなかったが、父と私は語らずとも妙に通じ合うところがあり、そのとき私は、父が言外に多くを含んでいることを察した。結果、私はあらゆる判断を留保しがちになった。この習癖のせいで、私にはおかしな人間がわんさと寄ってくるようになった。全然面白くない奴の相手もしなければならなくなった。歪んだ心がまともな人間の内に顕れると、奴らは敏捷に感知し、くっついてくる。大学生のときには、私は、気が許せない奴だと不当に批難されることになった。野暮で素性の知れぬ奴らがひた隠しにしてきた懊悩を、私が知っていたからだ。そうした内緒話のほとんどは、奴らが勝手に披瀝しただけのことだ。実際、水平線の際で揺らめく朝日よろしく、そいつの開陳が今にも始まるのが間違いないと嗅ぎ取るや、私はこれまで眠ったふりをしたり、物思いに沈んでいるように装ったり、あるいは挑発的に諧謔を弄したりしてきた。若者の開陳などは、少なくとも自分の話をするのに遣う言葉は、いつもお仕着せで、心を露骨に抑圧しているせいで碌なものではない。判断を留保すればいつまでも希望を持っていられる。私が今でも些か怖いのは、父が高踏的に仄めかしたように、そして私も同じ所作で父の肩を持つように、「根源的なまともさ」の感覚は、生まれたときから均しく分かち合われているのではないと覚えておかないと、私は何かを失ってしまうということだ。

 こんなふうに寛容さを衒ってみて、ものには限度があると思い至る。人の振る舞いは、硬い磐の上にも、ぬめぬめした沼地の上にも、礎を築き得るだろうが、私の場合、ある閾値を超えるとどちらでもよくなってしまう。昨秋東部から戻ってきてみて、この世はいつまでも、画一的で、きちんとしていて欲しいと思ったものだ。不穏な冒険をして、人間の内奥を垣間見る身分はもうまっぴらだった。ただ、本作の題名が由来する、ギャッツビーただひとりだけが、私の反発からは自由であった。ギャッツビー―私が本気で軽蔑するあらゆることを体現していた男。もし個性が、じっさいに為された仕草の連綿たる鎖であるなら、たしかに彼には華麗なところがあった。生を充実させるのに、鋭敏な感覚を持っていた。一万マイル先の地震を記録する、あの複雜な機械のひとつと繋がっているようだった。この感覚は、「創造性」という名で虚飾される、なよなよとした感受性とは無縁だった。志をもつ並外れた才能であり、私がこれまで他の誰にも見出したことのない、愛への備えであった。今後も二度と見出すことはあるまい。否、ギャッツビーは正しかった。彼が死んで分かった。人間の夢が破れる悲しみ、人間の束の間の恍惚に対して、私が一時的であったにせよ幻滅したのは、彼を食い物にした一切、彼の破れた夢の跡を覆う塵芥のせいであった。

 

 私の家族は三世代に渡り、この中西部の街では名を知られ、富裕であった。ギャラウェイ一家はちょっとした名家で、バクルー公の末裔であるというのが語り草であった。それでも、一家のじっさいの立役者であったのは祖父の兄であった。1851年にこの地を踏み、南北戦争への召集には身代わりを送り、兵器の卸売を始めた。今でも父が、その事業に携わっている。私を目にすることなく大伯父は他界したが、私にはどこか面影があるようだ。父の事務所に、かなり強面の油絵が掛っている。私は1915年にイェール大学を卒業した。父は同じ大学をその25年前に卒業した。私は卒業して程なく、世界大戦の名で知られる、遅がけのゲルマン民族大移動に参加した。反撃してやったのがあまりに痛快で、帰国してもそわそわしていた。中西部は、世界の熱気ある中心であるのをやめ、今では宇宙の惨めな切れ端のようであった。それで私は、東部に行って証券事業を勉強するにすることにした。知り合いは皆、証券事業に携わっていたし、この事業なら、私一人くらい面倒を見てくれるだろうと思った。伯父、伯母は皆、まるで私に私立の高校でも選んでやっているかのように話し合いをもって、終いには、「もちろん、よろしかろう」と重々しく渋々の顔で言った。父は一年間は私に金銭の援助をするのをうべなってくれ、ごたごたが色々あって予定よりは遅れたが、私は東部にやって来た。もう戻るまい、と私は思った。1922年の春のことだった。

 仕事のためには、ニューヨークに部屋を見つけるのがよかっただろうが、何しろ暑い時期だった。芝生が広がり、涼し気な樹々に恵まれた土地を離れてきたばかりだったから、同じオフィスで働く年若い男性が、郊外の家を間借りしないかと持ち掛けてくれたのはありがたかった。彼が家を見つけてくれた。野ざらしの、クローゼット付の一軒家で、月八十ドルだった。けれどもいよいよというときに会社は彼をワシントンに転勤させ、私はひとりでその郊外へ赴いた。私は犬を飼った。数日で逃げて行ってしまったが、少なくともそれまでの間は、ということだ。それから、古い車があって、フィンランド人の家政婦がいた。ベッドを整えてくれ、朝食を作ってくれた。電気ストーブに手をくべながら、母国の格言をぶつぶつ言った。

 一日かそこらは寂しいものだったが、ある朝、私より後にこの土地に来た男が道で話しかけてくれた。

 「ウェスト・エッグ(西側の卵)にはどう行ったらいいですか」と彼はお手上げといった様子で訊いた。

 私は教えてやった。そうして歩いているうちに、私はもう寂しくなくなっていた。私は案内人であり、開拓者であり、原住民だった。彼は偶然にも、私にこの界隈での自由を授けてくれたわけだ。

 そうして、陽射しが強まり、樹々には大きな芽がほころぶにつれ、時の経つのが早い映画のように、私は、人生は繰り返し夏に始まる、というあのお馴染みの信念を抱いた。

 読むべきものはたくさんあったし、瑞々しい空気から引き出されるべき元気もあった。銀行業務や貸付、投資証券についての書籍を何十冊も買い込んだ。それらの本は、鋳造されたばかりの硬貨のように、赤や金色で書棚を彩った。ミダスとモルガンとマエケナスだけが知っている、きらびやかな秘密を紐解いてくれるのだ。加えて、他の本もたくさん読もうという意欲も大いにあった。大学ではかなり物を書いていた。ある年には、イェール大学新聞に仰々しく生々しい社説を書いた。そして今は、そうした一切を回収して、あらゆる専門家の中で最も限定的な人間に、「何でも屋」になろうとしていた。これは何も気を利かせて言っているのではなくて、結局人生というものは、唯一つの窓から見たときのほうが遥かに美しく見えるのだ。

 北米でもなかなかない奇妙な所で間借りをすることになったのは、偶然の産物だった。家は、ニューヨークから真東に伸びた、細くて賑やかな島にあって、自然の面白い色々な側面の中でも、珍しい地形が二つあるのが目を引く。市から二十マイル離れたところに、巨大な卵型の地形が二つあって、外形は同じで、名ばかりの湾で隔てられている。ロングアイランド湾を巨大な海の家畜飼育場とするなら、西半球で最も「馴致された」海水域に、その二つは突き出ていた。もっとも、完全な卵型ではなく、コロンブスの卵のように土地との接触面はひしゃげている。それでも、空を飛ぶカモメは、二つの卵がよく似て見えることを、絶えず不思議に思っているに違いない。翼のないものにとっては、形と大きさを除いては、あらゆる点で異なっていることの方が興味深いのだが。

 私が住んでいたのは、ウェスト・エッグだ。つまり、「時勢に遅れた方」である。奇妙で、さらには甚だ暗い影を落とす両者の対照を表すのに、これはかなり皮相的な物言いに過ぎないが。私の家は、卵の先端にあって、湾から五十ヤードしか離れていなかった。二つの巨大な建築に挟まれていて、それらは季節あたり一万二千ドルないしは一万五千ドルで貸与される。右手の建築はいかなる基準に照らしても巨大な物で、ノルマンディーにある何とか市庁を実際に真似たものであった。片側には塔がそびえ、細い蔦を這わせていた。大理石のプールがあり、四十エーカーは下らないほどの広さの芝生と庭があった。これがギャッツビーの邸宅であった。いや、私はその時ギャッツビーと面識がなかったのだから、そういう名前の男性が住まう邸宅であった、と言うべきか。私の住まいは目障りな代物、とは言っても、些細な目障りでしかなくて、ギャッツビー邸から見下ろされるところにあったから、私もまた海面を眺め、隣人の芝を垣間見ることができた。大金持ちの近隣に住まうことで慰みも得られた。全て込みで一月当たり八十ドルだった。

 さて、名ばかりの湾を隔てると、「時勢に乗った」イースト・エッグ(東側の卵)の白い宮殿群が、岸辺に沿って眩く光っていた。そして、その夏の出来事が始まるのは、私がトム・ブキャナン一家と晩餐をとるために、そこまで車で行った宵のことであった。デイジーは親戚で(曽祖父の玄孫だ)、トムのことは大学にいたときから知っていた。二人とは、戦争が終わった後でシカゴで二日過ごしたこともあった。

 デイジーの夫であるトムはスポーツで鳴らしており、中でもイェール大学のアメリカン・フットボール部では、大学史上まれに見る強力なエンドを務めた。ある意味「国民的な」人物となったのだが、二十一歳でそうした目を瞠るべき、それでも限定的な高みに達した後は、世の習いに違わず、その後の一切は蛇足の人生であるように見えた。家族が巨万の富を持っていて、大学にあってさえ、彼は金遣いの荒さで顰蹙を買ったものだ。彼は今ではシカゴを離れ、東部に来ているわけだが、そのやり方には度肝を抜かれた。例えば、レイクフォレスト(訳注:米国イリノイ州の小都市)から、ポロ用の馬を一式連れてきていた。私と同世代にある人間がそんなに金持ちなのは理解し難かった。

 私に判然としないのは、何故彼らが東部に来たかだ。特段の理由なしに彼らは、フランスで一年を過ごしたことがあった。その後、人々がポロをし、共に金持ちでいられるところへはどこへでも、あちらこちらへと落ち着きなく彷徨した。「動き回るのはこれが最後」とデイジーは電話で言ったが、私は信じなかった。もっとも、デイジーの心の中はまるで分からなかった。それでも、トムはいつまでも、少しは期待に胸膨らませながら、二度とは掌中にできないフットボールの試合の、劇的な揺らぎを求めて彷徨うのだろうという気がした。

 そういうわけで、私は偶々、暖かく風の強い宵に、ほぼ面識のない旧友二人に会うためにイースト・エッグへと車を走らせた。二人の家は、思ったよりもはるかに意匠を凝らしていた。ジョージ王朝時(訳注:イギリスの1714年から1830年までの王朝)の植民地にあったような、眩いばかりの赤白の邸宅で、湾を見下ろしていた。海岸まで延びた芝は、玄関の方へと四百メートルを駆け抜け、日時計と煉瓦の小道を跳び越え、庭々を青く燃やし、ついには邸宅に及んだ。走り切った弾みとでも言わんばかりに、きらきらした蔓が家の側面にまで及んでいた。正面にはフランス窓が並び、陽の光を受けて金色に輝き、暖かな風の流れる午後の世界に、開け放たれていた。トム・ブキャナンが、馬衣を纏い脚を広げて玄関に立っていた。

彼は大学を出てから、変わってしまっていた。今ではがっちりとした身躯の、麦藁色の髪をした三十男で、口はかなり悪く、所作は高慢であった。ぎらぎら燃える、 驕れる両目が顔の印象に勝っており、いつもがつがつして前のめりであるような感じがした。彼の馬衣には女性的なしとやかさがあったが、身躯が途方もなく逞しいのは隠しようがなかった。しっぽりとした光を放つ編み上げ靴には両足が収まり、紐が一番上までしっかりと縛られていた。片方の肩が薄いコートの下で動くと、大きな筋肉の塊も位置を変えた。巨大な梃子として機能しうる、冷酷な肉体であった。

 話し声は粗野で低いテノール歌手のようで、それが、彼に纏わりついた、癇癪を起こしそうな印象を一層強めていた。そこには、父性的な蔑みの感があった。蔑みは、彼が好意を持つ人にさえも向けられた。そして実際大学では、彼の猛々しさを唾棄してきた人もいた。

 「さて、これこれに於ける俺の意向が最終的なものだとは思わないでくれ。俺の方がお前よりも強く、男らしいからとはいえ」彼はそう言っているようだった。私たちは同じ学生団体に属していた。互いに親睦したことこそなかったが、私には常に、彼が私を認め、私に好意を抱いて欲しがっているのだと思われた。ぞんざいで生意気でも、彼なりに遣る瀬ない気持ちでいたのだろう。

 陽を浴びながら、私たちは玄関で数分間言葉を交わした。

 「良い処に居を構えられたよ」と彼は言った。目は光り、落ち着きなく泳いでいた。

 私の片腕を取り振り向かせると、彼は前景に沿って大きな平たい手を動かした。眺望の低い所にはイタリア式の庭が広がり、半エーカーほどの花壇には真紅の薔薇が強い香りを放っており、沖に向かっては獅子鼻の形をしたモータボートが潮に洗われていた。

 「前はディメインさんの物だった。石油屋だよ」彼はもう一度私の向きを変えた。丁寧に、しかし唐突に。「中へ入ろう」

 天井の高い廊下を進むと、明るい薔薇の色をした場所が現れた。両側のフランス窓が、その場所をかろうじて邸宅に繋いでいるという格好だった。両方の窓が微かに開いていて、白く輝いていた。背後には瑞々しい芝が広がっていた。勢い余って家の中に入って来そうだった。そよ風が部屋の中を渡った。色褪せた旗がはためくように、カーテンの片側が屋内に滑り込み、反対側が外に流れ出た。カーテンは絡み合い、飾られたウェディング・ケーキを思わせる天井の方へと浮かび上がった。風が海を撫でたように、影がさざなみとなってワイン色の絨毯の上を流れた。

 部屋の中では大きなカウチだけが全き静寂を保っており、そこには若い女性が二人、留められた風船のように佇んでいた。二人とも白いドレスを纏っていて、そのドレスはふわふわと波打っていた。しばし邸宅の周りをたゆたっていたのを風に吹かれて戻ってきたかのようだった。私は数秒間は、カーテンのはためきに、壁に掛かった絵の呻きに耳を澄ませていただろうと思う。そのときトム・ブキャナンは背後の窓をがちゃんと閉めた。部屋の風が止み、カーテンも絨毯も、若い女性二人も、緩やかに床に降りてきた。

 二人のうちで年下の方の女性を、私は知らなかった。カウチの端に大の字になって、身じろぎひとつせずに少しだけ顎を上げていた。今にも崩れそうな何かを、顎の上で釣り合わせているようであった。目尻に私の姿が映ったのかもしれないが、眉ひとつ動かさなかった。実際私は、驚きのあまり、入室して邪魔したことをもごもごと詫びるところだった。

 もう一人の女性がデイジーで、身を起こそうとした。翼々とした顔つきで少し前かがみになり、それからクスクスと笑った。馬鹿みたいな、でも素敵で可愛らしい笑い声だった。それで、私も笑ってしまい、部屋の中へと入っていった。

 「嬉しくって、う、動けない」

 彼女は、まるで何か面白いことを言ったとでもいうように、また笑った。そして、しばし私の手を取り、じっと顔を見上げた。この世界にこんなにも逢いたい人は他にいないのだと請け合いながら。それが彼女の作法だった。顎を上げている女性の姓がベイカーであると囁いてくれたのだ。(デイジーが囁くのは、単に相手を自分に向かって前傾させたいからだという悪口を聞いたことがある。的外れな批難だ。彼女の囁きは変わらず素敵だったのだ。)

 とにかく、ミス・ベイカーの唇は震え、ほとんど分からないほどに私に頷き、そして素速く頭を元に戻した。顎の上で支えている物体は明らかに少し揺らめき、これは危ないと思ったのだった。再度謝罪のような言葉が私の口をついて出た。私は、完全な自足というものを見せられるとほとんどいつも、目を丸くし、賛辞を惜しまない。

 従妹の方を顧みた。低く蠱惑的な声で私に質問をし始めたからだ。耳を澄ますと、耳が上下にうねる、そういう類の声だ。それぞれの発話が、決して二度とは演奏されない音符を並べたようであった。顔は憂いを帯びて、同時にそこには輝かしいものもあって、溌溂としていた。きらきらした目と明るく熱っぽい唇。それでも声には、彼女を好きになった男なら忘れ難い、一種の昂奮があった。歌うような圧迫。「聞いて」という囁き。彼女が今しがた愉しくて素敵なことをしたのだから、次の一時間にもきっと愉しくて素敵なことが待ち受けている、そんな確信。

 私は彼女に、東部に行く途中でシカゴに一泊することになった経緯を、そして、十二もの人が私づてに愛を伝えてきたことを話してやった。

 「寂しがってくれているかしら!」と彼女は大喜びで言った。

 「街中がさびれているよ。車は全部、後ろの左側の車輪を黒くしている。喪中の花輪だよ。北の方の岸では、呻きがひっきりなしに聞こえている」

 「すごい!戻りましょう、トム。明日!」それから彼女は唐突に付け加えた。「娘に会ってちょうだいよ」

 「ぜひ」

 「今眠っているのよ。三歳でね。会ったことはなかったかな」

 「ない」

 「それじゃあ、会わなくちゃ。娘は…」

 トム・ブキャナンは、さっきから部屋を落ち着きなく歩き回っていたが、歩みを止め、手を私の肩に置いた。

 「ニック、仕事は何をしている?」

 「証券だよ」

 「どこでだ」

 教えてやった。

 「聞いたことがない」と彼はぴしゃりと言った。

 私は苛ついた。

 「いずれ聞くことになる」と私は短く答えておいた。「東部にいるなら、きっとね」

私の知らないあなたへ

    私の知らないあなたが樹の葉を見るとき

 

 あなたがそれらに降る、陽の光を見、めくるめく思いがするとき

 

 私は私でなくなって、心が溶け合う。

 

 また別の誰かと誰かは

 

 食事を愉しんでいる。

 

 語らいが虚空を泳ぐ。

 

 およ、いだ。

 

 いま彼女は、折に触れて語らいの行き先を思い出そうとする。

 

 できない。それでも、からだが温かくなる。血が流れる。わたしのなかを。

 

 誰かが、じぶんの記憶が失くなるのは怖いと思う。

 

 その誰かは、私ではない、誰かだ。

 

 彼は幼いときに目にした、彼の父の若い頃の、白黒の写真を覚えている。歯を見せて笑んでいる。宴席にあって、白い徳利で酒を飲んでいる。彼の父は死んで、その写真は茶びた紙に貼られている。私には、その彼が自分に思えてきそうなのに、やっぱり私ではないのだ。彼の父も、私でも私の父でもない。

 

  恐れと脅えが私のうちにおり、私を統べているというのに、私はその正体を見極めようともせずに、あなたの自由はきっと実現されると決めつけて、虚しく、虚しく、さざ波のように考えた。でもあのとき、やっぱりあなたの存在は確かに希薄であった。

 

 

 それが、私だった。苦しかった。

誰も鉛筆の作り方を知らない。誰も鉛筆を作るように命令されない。

  語り手の[鉛筆]が、鉛筆が供給される不思議にいざなう。意外にも鉛筆は複雑な製造過程を経て生み出されるし、木の伐採や運搬にどれだけの人と手数が必要なのかを思うと、誰も鉛筆の製造の全工程を知らないと言える。自由な個人が、政府に命令されるなどせず(自分はほとんど使わない)鉛筆を作る不思議と言ったら!新古典派経済学のプロパガンダのようではあるが、市場の力の本質を捉えた啓蒙書として、読ませる。

I, Pencil: My Family Tree as Told to Leonard E. Read (English Edition)
I, Pencil: My Family Tree as Told to Leonard E. Read (English Edition)
 

猿の章

 7年前に書いた『蛙』という掌編(http://nakanotaku.hatenablog.com/entry/20120917/1347815563)を下敷きに、「猿」というお題で書いてみました。原稿用紙1枚半ほどの掌編です。

 

 雨に濡れた猿が、ゆっくり呼吸をしている。しずくが鼻先から唇に落ちる。
 井戸に向かう蛙が、猿を見上げる。
 猿は蛙を見下ろす。井戸の中の、何百もの蛙の骸骨のことを思う。
 名は何ですか、と蛙は問う。
 ミチイだ、と猿は答える。ヒトが勝手につけたんだが、おれは嫌いだ。お前は何という名だと猿は訊く。
 僕はたくさんの卵から生まれたから、名前なんてないんだ。あなたのように、母に愛され、父に罵倒され、ヒトに馴致されて育ったわけではない。気がついたらひとりぼっちで水に流されるちいさなおたまじゃくしだった。たまたま魚に食べられずにすんだけどね。雨に濡れながら、気持ち良さそうに蛙は答える。

 おれはどうせ死ぬ。猿は甘美な孤独の中にいた。いや、蛙がいるから孤独ではないな。

 おれはじきに死ぬと思う。ヒトに手なづけられて、ことばの奴隷になった。心がヒトのことばに縛られているようだ。お前は死ぬのが怖くないのか。死ぬのが怖いというのは、まあ、ことばに隷従しているからだろうが。

 怖い、と蛙は言った。僕の肉体が、僕の、愛や絆についての記憶が全部消えるんだ。無、と呼べるような何かも残らない完全な無だ。怖い。怖くないはずがありません。

 雨が毛並を洗った。猿は夢を見ていた。雨の中で夢を見ていた。ひとりぼっちだった。涙が出てきたが、雨が顔を濡らすので、泣き顔だけが残った。

夏の初め

木漏れ日の下

小さな力こぶの浮き立った

十五くらいの若人らが

酒をぐびり、ぐびり。

唇の周りのか細い無精髭に

だらしなく雫が残っている。

 

僕と三つも変わらぬ若人らは

めいめいどこで通過儀礼を経てきたのか

――おやじの理不尽な暴力?――

子に特有の

よそ者への無遠慮な好奇心を捨て

馴れ馴れしく世界に対峙することをやめ

冷めた目をたたえて

ただ、カッカと哄笑している。

 

僕は何だか怖い。

 

若人らは半裸で立ち上がり、神輿を担ぐ。

酒の蒸気が混ざった吐息。顔の赤いのもいる。

できたての力こぶに、僕は惑う。胸の厚みに、僕は見とれる。

 

神輿は新緑たゆたう六月の細道の中を進んでいく。

どんどん遠くなる声。

 

ふう。

 

僕はひとり残されて

長袖では暑くてきゅうくつだ。

 

たよりない掌。無遠慮な太陽。

 

僕は誰?

鎮魂

僕は詩を書くからなのかな、
 
皆の思いつくような考えは唾棄してきたやったわけだ。
 
親の墓参りには難色を示し、
 
式典での黙禱中に
 
薄目を開けて前の禿げ頭を見る。
 
僕は素朴な人間なのに
 
人が死んだら涙を流しておいおい嗚咽する人間なのに
 
どうして、鎮魂の旗振りをする人を怒らせるような素行をとるかというと
 
鎮魂の旗振りというのが嫌だからだなんだ。 
 
死はひとりのものでしょう。死は寂しいものでしょう。
 
きわめて個人的なものでしょう、死というのは。
 
たゆたう炎や、よくわからない宗教が
 
ほんとうに魂を鎮めるのですか。
 
そういう僕だって
 
魂の鎮め方なんて知らないし
 
そもそも、魂を鎮めずにほうっておいたら、いけないものなのかどうかも知らない。
 
一つ言えることは、
 
生きている人間は、あまりに寂しくて、孤独で、やるせなくて、
 
死者に心よせずにはいられないということだ。
 
魂を鎮めずとも
 
死者は意外と平安であるかもしれない。
 
一人で生きている者は
 
死者の夢ばかりを見ているかも…。
 
要するに僕は、死者の運命に楽観している節がある。
 
炎を燈し、死者と生者が出会うところは、
 
そうだな、生者に魂を鎮められる度量があるのかどうかは置いておいて、
 
静謐で、驕りがなければ(TVキャメラなど、論外だ)
 
僕はかまわないのだ。

 

秋の木漏れ日

君が僕に木漏れ日の詩を書いてと言ったとき
 
君は五月の終わりの深緑色の茂ったあおばから
 
金色の太陽がこぼれている
 
そういう風景を書いてほしいと言ったのかもしれないけれど
 
僕が書きたい木漏れ日は、秋の木漏れ日なんだ。
 
秋の木々にたゆたう葉ってさ、どれもが赤や黄色に色づいているわけではない。
 
緑も、褐色も、土色もある。
 
葉と葉の隙間は、初夏と比べて多くって、
 
地面をざくざく歩いていると
 
柔らかいというより、射るような白い光が
 
すっと降りてくる。今は黄色い葉っぱを通って。次は緑の葉っぱを通って。
 
ふうっと風が吹いて、何だかいつでも夕方になりそうで、
 
不安なのか寂しいのか分からなくって、
 
僕が言いたいのはつまり、
 
太陽は僕たちよりもずっと長生きだから
 
そして、黙々と仕事をしているから
 
君が話したいあおばにだって、毎年毎年、降り注ぎ続けるんだけど、
 
僕は、ひょっとしたらみんなと違う、
 
ちょっと変なことが言いたかった、それだけなんだよ。
 
それだけ。