Taku's Blog(翻訳・創作を中心に)

英語を教える傍ら、翻訳をしたり短篇や詩を書いたりしたのを載せています。

岡真理『記憶/物語』(2011年2月14日に執筆)

あしたのための声明書|自由と平和のための京大有志の会

http://www.kyotounivfreedom.com/manifestofortomorrow/ …

 

ひとりの国民として、強く支持する。

 

発起人のひとりである岡真理さんの著作『記憶/物語』には、数年前に圧倒された。現在、最も信頼できる人文系の学者のひとりだと確信している。

2011年2月14日、私はアマゾンに書評を書き残している。

私が書いたのは拙い書評かもしれないが、これがきっかけになって、ひとりでも多くの方が、この息が詰まるような著作を手にとってくださることを願い、ここに再掲する。

 

記憶/物語 (思考のフロンティア)

記憶/物語 (思考のフロンティア)

 

(書評)

巻末によると、本書出版時の著者の専攻は、「現代アラブ文学、第三世界フェミニズム思想」である。アラブ世界に身を置いた体験があり、アラビア語、アラブ文学に通暁している著者は、ほとんどの日本人が知ることのない、あるパレスチナ人の虐殺事件から、この本を語り始める。ただし、本書の目的は、特定の虐殺事件に照準を絞ることにあるのではなく、戦争において典型的に顕在化する、圧倒的に不条理で無意味な暴力やその記憶を、他者と分有するとはどのようなことであり、また、それは如何にして可能かという、より一般的なテーマを追究することにある。

著者は、自らの問いの重みに困惑し逡巡しながらも(そうした軌跡の轍を残しながらもなお)、畏怖するほどに明晰な文章で、欺瞞のない誠実な思考を実践している。

著者の思考の前提は、以下のようなものだ。すなわち、戦争のような理不尽で激しい暴力に晒され損なわれた者たちは、その〈出来事〉を、その記憶を、現在形の〈出来事〉として生きている。彼ら彼女らは、それを過去形のレベルに回収し、体験として語ることができない。このとき、彼ら彼女らと、その〈出来事〉(の記憶)との主客が逆転している。すなわち、ここにあっては、人が思い出すのではなく、記憶が到来する。人が出来事を語るのではなく、出来事が人に語らせるのだ。とはいえ、暴力に特徴づけられた、こうした常に現在形として回帰する〈出来事〉は、語ろうとしても、汲み上げられない〈出来事〉が常にこぼれ落ちてしまう。

こうした「語り」の前にあって、われわれは、如何にその他者と記憶を分有すべきか。まず、著者が何より唾棄するのは、無意味で不条理な暴力や死、その記憶に対して、意味の不在を直視できないために、英雄物語や愛の讃歌のようなもので意味を充填しようとする態度だ。著者は、このような態度を「暴力」ということばを遣ってすら糾弾する。この感覚は、著者ほどに優れた文学的資質を持っていれば至極当然であろうが、この観点からスピルバーグの『プライベート・ライアン』や『シンドラーのリスト』を完膚なきまでに批判する手腕は見事で、喝采を送りたくなったほどだ。

とは言っても、著者は単なる手腕ある辛辣な批評家ではない。語り得ぬものの存在を自覚し、自らの無力を自覚し、それでもなお、他者の語りに切迫しようとする彼女は、彼女自身の誠意によってもまた傷つけられているように感じる。思想の場はもちろん戦場ではないが、彼女自身もまた、傷だらけになりながら、他者の語りの不可能性の漸近線まで肉迫したのだ。

 

シェイラ・ヘティ 『わたしの生は冗談』

THE NEW YORKER MAY 11, 2015 ISSUE に掲載された、MY LIFE IS A JOKE BY SHEILA HETI の翻訳です。

http://www.newyorker.com/magazine/2015/05/11/my-life-is-a-joke

わたしが死んだとき、それを見ているのは、周りに誰もいませんでした。それは、全然構いません。ひとりぼっちで死んじゃうのって、そして、そのとき周りに誰もいないのって、すごい悲劇だって思う人もいます。わたしの、高校のときのボーイフレンドは、わたしと結婚したがっていました。人生であるがべき一番大切なのは「見てくれる人だ」って彼は考えていたから。高校のガールフレンドと結婚して、その人と添い遂げる、それなら、いっぱい見てもらうことができます。大切なことは全部、一人の女性に見てもらえるのです。わたしは、彼の、妻とは何ぞやっていう考え方には辟易しました。妻とはつまり、傍に居て、人生が展開するのをじっと見ている人だって。でも、今では彼のことがまだ分かるようになりました。愛する人に自分の人生を見させておいて、毎夜それについて話を、なんてのはぜんぜん些細なことではありません。

わたしは、彼とは結婚せず、誰とも結婚しませんでした。別れたのです。一人で暮らしました。子供も作りませんでした。わたしだけが、わたしの人生を見ていました。彼は、結婚する女を見つけて、その女には子供ができるっていうのをいいことに、子供を一人もうけました。彼女の実家は大家族で、彼らの近くに住んでいました。彼の実家と同じです。一度彼らのところに行ったときは、彼の誕生日のディナーで、その子供を含めて、親族、近しい友人たちで三十人もいました。場所は、彼の奥さんの家でした。彼女たちが生活を築いている途中の、海沿いの町です。彼は、望み通りのものを手にしました。彼には、三十人の信頼できる「見てくれる人」がいるのです。たとえ、半分が死んだり、何処かへ越したり、彼を憎むようになっても、まだ十五人はいる算段です。彼が死ぬとき、彼は優しい家族に囲まれているはずです。彼にまだ髪の毛のあったときを覚えているであろう家族。へべれけで家に帰ってきて怒鳴り散らした全ての夜を覚えているであろう家族。彼のおかした失敗を全て覚えていて、でもそんなのはみんな差し措いて、彼のことを愛しているであろう家族。彼にとっての「見てくれる人」がみんな死んで初めて、彼の人生は終わるのです。彼の息子が死んで、その息子の奥さんが死んで、息子の子供らが死んで、それで、わたしの初めてのボーイフレンドの生は完結するのです。

わたしが息を引きとったとき、誰もわたしのことを見ていませんでした。わたしを轢いた車はさあっと走り去りました。別の車を運転していた人が止まって、わたしを道路の真ん中から脇へと動かしてくれたのですが、そのときわたしはもう死んでいました。だから、わたしはひとりぼっちで死んだと言っていいでしょう。


今や、わたしが嘘をついてることはたぶんお分かりでしょう。もしわたしがほんとうに、愛していた人が誰もわたしが死ぬのを見てくれていなかったことに満足しているのなら、どうしてわたしは黄泉の国からはるばるここへ戻ってきたのでしょう。どうしてわたしの躰という肉と、それから、この世での最後の日に着ていた服を身にまとったのでしょう。どうして生きていたときに話していた声を取り戻して再び語り始め、そしてどうして死んだときの体重に戻ったのでしょう。わたしは目と髪についた泥を落としまでして、歯を、口の中のそれらが撥ね落ちる前の場所に嵌めました。どうしてわざわざそんなことを?たいへんな手間でした。永遠に土の中にいることだってできたのに。もしわたしが、人生は解決済みだと感じているなら、朽ちていきながら、そこにいることだってできたのです。もし胸中で、何かが語られなければならないという不安がよぎらなかったとすれば、わたしは今でも土の中にいることでしょう。


つまりこういうことです。わたしとは冗談だったのです。わたしの生とは冗談だったのです。わたしが最後に愛した男―高校のボーイフレンドではありません―が、最後の喧嘩のときにわたしにそう言ったのです。そのときわたしは三十四歳でした。喧嘩の最中、わたしが自分の言い分を説明しようとしていたとき、彼は叫んだのです。「お前の存在が冗談だ!お前が生きてるのが冗談だ!」

その前の晩、わたしたちはまだ互いを愛していました。同時にベッドに行って、彼が流行りの犯罪小説を携帯で読んでいるうちに、わたしは彼の腕を優しく触りながら枕の上で眠りに落ちました。それから数日して、わたしは死にました。わたしが、彼の言ったことの意味をきちんと理解するのには、そのときから四年もの歳月を要しました。わたしとは冗談で、わたしの生とは冗談だということ。彼がそれを言ったときにはわたしはどう返していいのか分かりませんでした。ただ、わたしはひどく傷ついて、叫びました。でも、それは、彼に対して、彼の方が正しいということを示しただけでした。わたしは、大きく開けた口で彼を見据えました。もちろん、そのときには彼が非道いのには慣れていましたが、それでも、わたしは傷つきました。

今宵ここにお話にいらしてくださいという皆さんからの招待状をいただいたとき―わたしが死んだってご存じなかったのですか。ご存じなかったのですね―そう、皆さんから招待状を頂いたとき、最初はこう思いました。「だめ、行けない」 実のところ、行かない理由などありませんでした。でもそれから、数か月後にわたしは皆さんにメモを書きました。「わたしを掘り起こす代金をお支払いいただけるなら、行きます。わたしの死体を、埋められていたところから、飛行機でアメリカ大陸を横切って運んで、マイクスタンドのところまで車で運ぶ、それらの代金もお支払いいただけるなら、それなら、行きます」 飛行機の中では、言いたいこと―それだけがわたしがイエスと言った理由なのです―を死んだ脳に留めておくのに必死でした。わたしには、述べるべき大事なことがありました。それは何かって?わたしは、申し上げませんでしたっけ?思いというのは、死んだ脳からはほんとうにすぐに滑り落ちてしまうものです。わたしには、申し上げたかどうか思い出せません。

あそこで、地の下で横たわっていて、塩と土と汗とミミズたちと芽の生えてきた種と若木と乾いた鳥たちの骨がわたしの口に集まってきて、血は干からびて、足指はねじ曲がって、そして、いったい何なのか分からないけれど、とにかく土に斑を描く小さくて白い玉―そう、発泡スチロールの小球でした―と犬のうんち、スカンクのおしっこ、それから芽生えた種と若木とどんぐりと干からびた葡萄。そこで、つまりあの完全な濡れた暗闇にあって、ものを考えられたことは驚くべきことです。

ご存知ないでしょう、地中に横たわっているとき、どんなことが頭から離れないかを。お墓まで持って行ける思いはたった一つだけで、それは必然的に、苛立たしいものなのです。安息が訪れるまでずっとずっと、考えられなければならないもの。わたしがお墓に持って行った思いは、愛する男が「お前の存在が冗談だ、お前が生きてるのが冗談だ」と言ったことについてのものでした。それは、わたしの頭と筋肉と骨に膠着して、ついにはわたしは、そのことばでしかないものになってしまいました。わたしの命が内側に崩れたとき―死とはそういうものなのです、命はそれ自体の内側深くへと崩れるのです―あのことばは、崩壊の外側で、残っていました。それはわたしを離れたものになりました。そして、それがわたしを離れたものであるから、わたしはそれを持って行くことができたのです。唯一の持ち物でした。

お水を一杯頂いてもよろしいでしょうか。わたしのお水はどこですか。わたしはすごく喉が乾いていて、そして、死んでいます。明日は、飛行機です。それから、手荷物全て、骨の髄にある安らぎを携えて、墓の下です。ここに宣言しに来たことを宣言してしまった後で。それは、わたしが地中にいたときに見出したことなのです。それで、わたしは永久(とわ)の眠りに就くでしょう。もう自分の汚れを払い落とす必要もなくなるでしょう。

わたしとは冗談で、わたしの生とは冗談だと言った男。彼は、わたしの最後の瞬間に立ち会って、わたしが息を引き取るのを見ていなかったかもしれません。でも、わたしには気づいたことがあるのです。彼はわたしの死を予告していたのです。彼はわたしを芯まで見通しただけで予告できたのかもしれません。わたしの魂を見た人となったことによって。彼があの非道いことばを言ったとき、彼はわたしの未来を見通しました。わたしが出くわすことになると彼にはわかっていた未来です。喧嘩のあいだ、わたしは彼に、それは間違いだということを分からせようとしました。「わたしは冗談なんかじゃない!冗談なのはあなたの方よ!」


人がバナナの皮で滑って死んだら、彼女の生は冗談です。わたしはバナナの皮で滑って死んだのではありません。人が、ラビ(訳注:ユダヤ教社会における宗教的指導者)と司祭と修道女と一緒に酒場に入っていって、そのように死んだら、彼女の生は冗談です。わたしはそんなふうに死んだのではありません。人が、道路のあちら側にたどり着こうと道路を渡る鶏で、そのように死んだら、彼女の生は冗談です。いや、わたしはそのように死んだのです。道路のあちら側にたどり着こうと道路を渡っている鶏として。

その日わたしが道路を渡ったとき、わたしが向かっていたのはあちら側でした。そのことなのです。どれほどの絶望を感じたことか。わたしたちの喧嘩は、まだわたしの心の中にありました。どうして鶏は道路を渡ったのでしょう。あちら側にたどり着くためです。自殺。あちら側とはすなわち死です。誰でもご存知のこと、そうでしょう?

わたしはあの錆びた古い車の前に飛び出しました。金属のかたまりにぶつかりました。歯はフェンダーに当たって喉の奥へと押しやられました。胸は、完膚なきまでに轢かれました。

わたしは皆さんをふさぎ込ませるためにここに来たのではありません。ある冗談をお話するために来たのです。いや、ある冗談をお見せするためにと言った方が正確ですね。わたし自身のことですよ!それから、わたしが見られていたことを自慢するために。あのわたしの初めてのボーイフレンド―彼が住んでいるところは、そこからそんなに離れてはいません。ひょっとしたら、聴衆の皆さんの中に紛れ込んでいて、聴いてくれているのでは?ビールは飲んでる?彼がここにいてくれるといいですね。はっきり言って、わたしの生と死はちゃんと見られていました!見られ、予告されたのです!皆さんの、わたしと同じく出来の悪いことといったら。結局、両者ともに勝ち、といったところでしょうか。

わたしは何という鶏だったことでしょう。生活のあらゆる側面が耐えられませんでした。特にあの古めかしい慣習。他の皆よりいい生活をしないとだめだなんて。あちら側ってどんなところだろうって、皆さん思ってらっしゃるかもしれませんね。わたしはここにいるのですから、お話するしかありません。みんなが常に笑っている、ふざけた場所です。それは、かつてわたしが、大陸横断の飛行機内で経験したことに似ています。横の女性が、どんな番組を見ても、その中のくだらない冗談のいちいちに声を出して笑うのです。文字通り、番組の全ての冗談にです。彼女はどんどんと番組を見ていきました。彼女の笑いは、わたし達の座席の横一列を包み込みました。彼女は離陸から着陸まで笑うことをやめませんでした。人の笑いの、何と忌々しいこと!世界の、声を出して笑う人はこのことを知らないのでしょうか。彼女たちは、それで愛らしくなるとでも思っているのでしょうか。誰が、ヘッドフォンを着けて画面に見入っている人のひとり笑いが聞こえてくるのを好ましく思うでしょうか。答えはおそらく、他人がホテルの壁の向こうでファックするのを聴くのにやぶさかでない類の人々です。

あちら側では、ずっとそんなふうなのです。犬は笑う、木は笑う、みんな笑う―可笑しいことがあるなしにかかわらずです。わたしは、あちら側で、十六人の聴衆を前にこのスピーチの練習をしました。始まりから終わりまで、四時間かかりました。一つの文を言うたびに、笑いが収まるのを待たねばならなかったからです。ここ、この世ではもちろん事情は異なります。生活の静けさは、いちばん大きな安心の一つです。死とは皆にとって平等なのでしょうか。それとも、この笑いの世界は、わたしだけのために拵えられた一個の死なのでしょうか。わたしにどうして確かなことが分かるでしょうか。

わたしの申し上げていることは筋が通っていますか。わたしは、語ることについては自意識が高いのです。声は問題ありませんか。死んだときに、思いを持って行くのは困難なことです。わたしの頭は今、原綿を詰められたようです。両目には、綿の玉を埋め込まれたようです。両耳も綿でふさがれたようです。ものを考えるのが、意味と意味を結びつけるのが困難です。わたしは、皆さんに愛してるって言うためにここに来たわけではわりません。そんな話をしているとでも?わたしがこれまでに愛した男性は、二人だけです。一人は、わたしと結婚したがり、もう一人は、わたしの生は冗談だと思っていました。わたしの初めてのボーイフレンドは「見てくれる人」を見つけられました。わたしも見つけたとここに宣言します。わたしは勝ったのですよ。わたしは勝ちました!わたしは、人が勝ち取ることのできる最上のこと―見られること―を勝ち取ったのです!今日ここでそのことを宣言します。それだけが、皆さんの前に立つために肉体へと這入った理由なのです。この舞台の上の冗談。彼のことばはもうわたしを傷つけません。むしろそのことばによって、わたしは誇りに思います。

どうして鶏は道路を渡ったのでしょう。その鶏はわたしです。わたしがその鶏なのです。そして、わたしはあちら側にたどり着くことができました。彼は、あのことばを言ったときには、こうなることは分かっていました。見られることはなんてすてきなんでしょう。

アティーク・ラヒーミー『悲しみを聴く石』

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)

すごい小説だ。

日本ではほとんど知られていない作家であろうから、簡単に紹介しておこう。アティーク・ラヒーミーは、アフガニスタン生まれの小説家・映像作家である。氏は、初めてフランス語で書いたこの小説で、2008年、フランスでもっとも権威ある文学賞である《ゴンクール賞》を受賞した。

舞台は、戦争中の「アフガニスタンのどこか、または別のどこか」だ。ある家の部屋で、植物状態の男を、妻である主人公が介抱している。この女主人公の名は最後まで明かされない。物語の語り手は、その部屋に固定された映画のキャメラのようだ。語りは現在形で、臨場感をもたらしている。たとえばこんな具合だ。
 

カーテンの黄色と青の空の穴から陽の光が消えて行く時、女は部屋の入口に再び現れる。男を長い間見つめていから近づく。呼吸を確認する。男は息をしている。点滴バッグの中身がなくなっている。「薬局が閉まってたから」と女は言って、あきらめたように、次の指示があるのを待っているが、反応は何もない。呼吸の音の他は。女は部屋から離れ、液体の入ったコップを持って戻ってくる。「この間のようにしなくては、塩と砂糖水で…」
 手慣れた素早い動きで、女は男の腕からカテーテルを外す。点滴針を抜く。チューブを掃除し、半開きの口に入れ、食道に達するまで押し込む。それから、コップの中身を点滴バッグの中に入れる。一滴の量を調節し、一滴ごとの感覚をチェックする。一呼吸ごとに、一滴。
 そして再び部屋を出る。(pp.19-20)

 女は、何も反応しない男に語りかけるうちに、どんどん雄弁になる。女の独白は、私達が、女の過去について、これまで女を取り巻いてきた人々について、知ることを可能にする。そして女は、ただ語ることで、世界が女性に課す抑圧から解放され、智慧と勇気と自由を得ていくようである。

 静謐な空間の中で、一人の女性が再生するこの物語が、多くに人に読まれればと願う。

マリオ・バルガス=リョサ『若い小説家に宛てた手紙』

若い小説家に宛てた手紙

若い小説家に宛てた手紙

若い、小説家志望の人に手紙を通して語りかけるという設定で、小説というものの仕組みが、テーマ別に易しく書かれている。語られるのは、「説得力」「文体」「語り手、空間」「時間」「現実のレヴェル」「通底器(ちがった時間、空間、あるいは現実レヴェルで起こる二つ、ないしはそれ以上のエピソードが語り手の判断によって物語全体の中で結び合わされること 本書p.137)」など、基本的なことに限られる。「異化」や「転移」など、ほんの少しだけ専門用語が出てくるが、大江健三郎の『新しい文学のために』などに比べると専門的では全然ない。小説家志望の人はもちろんだが、小説、世界文学に興味のある人全てに強く薦めたいと思う。

バルガス=リョサラテンアメリカ出身の作家ということで、本書には、ラテンアメリカ文学が随所に登場する。ガルシア=マルケスはもちろんのこと、ボルヘスコルタサルといった具合だ。また、作者は、フローベールカフカ、フォークナーらへの尊敬を隠さない。本書にはたくさんの作家のたくさんの作品が登場するが、それらのどれもが(大半は未読であるにもかかわらず)、何と魅力的なことか。

少し長くなるが、バルガス=リョサの、作家としての覚悟を引用しよう。(本書p.16)

文学の仕事というのは、暇つぶしでも、スポーツでも、余暇を楽しむための上品なお遊びでもありません。他のことをすべてあきらめ、なげうって、何よりも優先させるべきものですし、自らの意志で文学に使え、その犠牲者(幸せな犠牲者)になると決めたわけですから、奴隷に他ならないのです。パリに住んでいた私の友人の場合がそうであったように、文学は休むことのない活動に変わります。ものを書いている時間だけでは収まらず、そのほかすべての仕事にまで影響を及ぼして生活全体を覆い尽くしてしまいます。つまり、文学の仕事というのは、あの長いサナダムシが宿主の体から養分をとるように、作家の生活を糧にし、そこから養いをとるのです。フローベルは、「ものを書くのはひとつの生き方である」と言いました。これを言い換えると、ものを書くというのは美しいが、多大の犠牲を強いるものであり、それを仕事として選びとった人は、生きるために書くのではなく、書くために生きるのである、となるでしょう。

私は、バルガス=リョサにすっかり魅了された。次は、代表作の『緑の家』を読み進めていくつもりだ。

緑の家(上) (岩波文庫)

緑の家(上) (岩波文庫)

緑の家(下) (岩波文庫)

緑の家(下) (岩波文庫)

矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』

日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか

日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか

著者はこの分野の専門家ではないが、多くの公文書や国内法、国際法、条約を参照しつつ、平易な「です、ます」調の筆致で、透徹した議論を展開している。

なぜ、日本は、「基地」と「原発」を止められないのか。そこには、敗戦国日本と戦勝国米国との間の歪な力学があった。そして昭和天皇をはじめとした日本人自らが、その歪な構造の保持に加担してきた歴史があった。

例を挙げよう。米軍機は沖縄県民の住宅の真上を低空飛行する権利があるし、実際にしている。危険であるから、在日米軍の住宅地域では決して行わないにもかかわらず。(日米地位協定の締結にもとづいた国内法である「航空特例法」)それでは、沖縄県民の基本的人権日本国憲法で守られないのか。守られない。砂川事件最高裁判決で持ち出された「統治行為論」(「簡単に言うと、日米安保条約のような高度な政治的問題については、最高裁憲法判断をしないでよいという判決」)があるから。驚くべきは、2008年に、「砂川裁判の全プロセスが、検察や日本政府の方針、最高裁の判決までふくめて、最初から最後まで、基地をどうしても日本に置きつづけたいアメリカ政府のシナリオのもとに、その支持と誘導によって進行した」ことが、アメリカの公文書によって明らかになったことだ。また、本書では、昭和天皇が、「沖縄(および必要とされる他の島々)に対するアメリカの軍事占領は、日本に主権を残したままでの長期リース―二五年ないし五〇年、あるいはそれ以上―というフィクションにもとづくべきだ」との考えを示していたことも紹介される。(進藤榮一氏が発見したアメリカの公文書)。そして「原発」の問題。2012年6月27日に改正された原子力基本法第二条第二項。「前項(=原子力利用)の安全の確保については、(略)わが国の安全保障に資することを目的として、行なうものとする」とある。これは、原発の安全性に関する議論が、最高裁憲法判断の枠外に移行することを意味する。(原発の設計許可や安全性審査については、本書で紹介される「裁量行為論」「第三者行為論」も参照のこと。)

著者は、中道リベラルを自認している。アメリカとの不平等な関係に憤っている。米軍は日本から完全撤退すべきだと信じている。そして、私達自身が、真に民主的な憲法を書くべきだと主張している。そうした主張に私は賛意を表明するし、また拍手を送りたい。

安倍政権は、歴代内閣の現行憲法の解釈を無視し、集団的自衛権の行使が認められるとした。さらに、特定秘密保護法を施行させた。それらがアメリカの軍事戦略の一環であることは想像に難くない(と私は思う)。私は、日本と米国との対等な関係を望む。そして、自民党草案のような前時代的な「憲法」ではない新しい憲法、また、米国との条約や密約、「解釈改憲」で空文化した現行憲法に代わる、新しい憲法を創るという壮大な夢に共感するひとりだ。

安部公房『砂の女』 

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

 安部公房の『砂の女』を再読した。

 昆虫採集を趣味とする、教師である男がいた。かれは、砂に惹かれ、砂原に住むハンミョウに惹かれ、ひとり砂原を歩く。

 日が暮れ、もはや帰途につけなくなった男は、行きずりの部落で宿を借りることにする。あてがわれたのは、ひとり女の住む、砂原にぽつりと空いた穴の底の一軒家だった。

 翌朝、男は帰してもらえない。昨夜はあった縄梯子は取り去られていた。男には、女と生活を共にし、家屋が砂で埋まらないように砂掻きをすることが期待されていたのだ。

 男はしゃにむに脱出しようとするがなかなか成功しない。男に待つ運命は…?


 非現実的な設定ながら、同時に、徹底的にリアリズムを追求して書かれた小説として読めるのは、多くの評者の言うとおりだ。公房は、冷徹な観察眼を保ちながら、物語を駆けさせる。読者を置いてけぼりにするほどの勢いで。私達はいつの間にか、砂穴のなかの家屋で繰り広げられる悲喜劇が、とおく現実を離れたものであることを見失う。

 もうひとつ付け加えておかなければならないのは、随所に見られる周到な比喩表現だ。これらは、作品の単なる彩りであるにとどまらない。むしろ、これらの表現があってこそ、男の切迫感が、まばゆい日光が、砂の熱気と喉の渇きが、水の潤いが、男と女の欲情が、私達の眼前で顕在化するのだ。

 
 あれほど必死に逃げようとしていた男はしかし、一度決定的なチャンスで失敗した後、季節の移ろいとともに次第に変貌をする。

 男は、自らも気づかぬうちに、萎えてしまったのだ!

 
 人は絶望の中で希望を枯渇する。しかし、いざ絶望を抜けだすと、虚脱する。

 なんと逆説的で、なんと皮肉で、なんと精確な人間診断であることか。

TIME誌 Jan. 20, 2014カバー ジャネット・イエレン 16兆ドルの女性

 今週のTIME誌のカバーストーリーは、第15代FRB議長になるジャネット・イエレンについての特集です。(以下リンク先)FRB創設101年目にして、初の女性議長です。

http://content.time.com/time/subscriber/article/0,33009,2162267,00.html

 現在、米国の失業率は下落傾向にあり、経済は回復傾向にあります。しかし、リーマン・ショックで危機に陥った米国経済を立て直すための量的緩和政策から、徐々に脱却する必要があり、イエレン氏には、量的緩和脱却に伴うであろうと予想される失業率の上昇と、量的緩和維持に伴うと予想されるインフレーションとの間で絶妙な舵取りが求められています。

 高校を主席で卒業し、ブラウン大学に進んだ彼女は経済学の面白さに目覚めます。大学院を過ごしたイェールでは、トービンスティグリッツなど錚々たる面々から薫陶を受けます。そして、彼女がFRBの研究職として働き出した時、「レモンの市場」の理論で知られる、夫のアカロフと出会います。

 彼女は、FRB議長としては初の、改革志向を公言するケインジアンです。それは、彼女が、金融政策はビジネスサイクルの波を和らげ、経済を強くすることができると信じているということです。小見出しに"Kitchen-table economics"(家計の経済)とあるように、彼女自身は抽象的な理論や統計を振りかざすだけでなく、また、ウォール・ストリートにおもねることなく、現場の、家計の、個々人の経済状況こそを改善することを目論んでいます。

 彼女とその夫アカロフの経済理論の功績も紹介されています。なぜ、低い賃金は必ずしも高い雇用率をもたらさないのか?賃金が下がれば、失業率は改善する、というのは、初等古典派経済学では「常識」なのですが。なぜ、失業があっても、賃金は下方硬直性を持つのか?彼女ら曰く、「良い仕事をしてもらうために、市場価値よりも高い賃金を設定する経営者がいる」。また、自身らがベビーシッターを雇った経験から、「労働市場においては人間の感情が物を言う」(「相手は、子供に遣う金を最小化することを望んでいる」と感じているベビー・シッターを誰が望むだろう?)と。イエレン氏は、比較的新しい分野である行動経済学(主体は自らの感情によって行動し、伝統的な経済学とはかなり異なる結論が得られる)の考え方もも進んで受け入れているそうです。

 1月10日には、記事でも紹介されているスタンレー・フィッシャー氏が、オバマ大統領によって、FRBの副議長に指名されました。(就任には議会上院の承認が必要。)イエレン氏のティームワークの力と、フィッシャー氏の、独創的で先見の明を持った深い経済学への造詣。もし、フィッシャー氏が就任すれば、「ドリーム・ティーム」の誕生です。

 言うまでもなく、米ドルは世界中に流通している基軸通貨です。イエレン氏が今後どのようなメッセージを発し、どのような金融政策を行っていくのか、私達は注視しています。

 英語表現

 nothing if not: =extremely
 evenhanded: 公明正大な

Yellen, who is nothing if not evenhanded, says that she is doing her very best to meet these weighty challenges--and that things are looking up for America.
(イエレンは非常に公明正大であり、自身がこれらの重い課題をこなすためにベストを尽くすと、そして、情勢はアメリカにとって好転していると述べている。)


 kitchen-table: 家庭の、家庭的な

 What comes through very clearly is Yellen's refreshing kitchen-table realism and her eagerness to question and seek the truth--wherever it might be found.
 (はっきりしたのは、イエレンの新風を吹き込むような家庭的リアリズムと、彼女の、真実を問いただし探求したいという熱意だ。真実が見つかるかどうかにかかわらず。)

 Beltway: =Washington

Through it all, Yellen--who loathes Beltway politics yet deftly allowed the drama to run its course--remained steadfast.
 (その全体を通して、イエレン―彼女はワシントンの政治を嫌悪しているが、それでも手際よく、そのドラマを滞りなく放映させておいた―は、断固としていた。)

 Sometimes nice guys do finish first: "Nice guys finish last."(正直者は馬鹿を見る)のもじり。

 the Dodd-Frank banking reforms: ドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法Wikipediaのリンク参照

 pick up the pieces: 困難な事態を収拾する

 "I felt that the Fed had always been the agency that picked up the pieces when there was a financial crisis, and it was invented to do exactly that," she says. "But we never had as active a program to attempt to assess threats to financial stability as was called for."
 (「連邦準備理事会は、金融危機があったときには事態を収拾する機関であると感じてきました。そして、それはまさにそうするために設立されたのです」と彼女は言う。「しかし、実際に求められているほどには、金融の健全性への脅威を査定しようとする積極的な計画はありませんでした。」)

 Main Street:(Wall Streetと対照して)実体経済

 After all, at the end of the day, Janet Yellen, the commander in chief of the everyday economy, will judge herself not by the views of Wall Street but by the health of Main Street.
 (結局のところ、毎日の経済の司令官であるジャネット・イエレンは、自分を、ウォール・ストリートの見方ではなく、実体経済の健全さによって判断するであろう。)