Taku's Blog(翻訳・創作を中心に)

英語を教える傍ら、翻訳をしたり短篇や詩を書いたりしたのを載せています。

創作

汽笛

日の高い、四月の終わりの昼間、大きな本屋で女の手頸に傷口がある写真を見た。写真には二十代半ばと思しき痩せた裸の女の左半身が映っていて、手頸の上部に抉ったばかりのような紅色の深い裂目があった。私はすうっと女の手頸から腕へと、肩へと、小さな乳…

東京新聞に応募した「300字小説」です。

東京新聞に応募した「300字小説」です。この長さだとほとんど何も書けないんだけれど、たまに挑戦してみたくなります。 ――――― かれは、生ぬるいビールを嚥下する。温かい息が、煙草の臭いと混じる。黄色い目はとろりとして、どこでもない一点を見つめている…

『哀しみ』 (東京新聞公募の「300文字小説」)

東京新聞の日曜版に連載の「300文字小説」に応募した作品です。タイトルは、ちょっと考えあぐねたけれど、『哀しみ』としました。日曜の朝からこんなの喜んで読む人いないと思うけど、まぁいいや。 冷たい雨が落ちてきた。Tは、カーキー色の上着の中で、身を…

(2009年9月5日に書いた小さな物語です)森の中の小川のせせらぎを、一匹の蛙が一葉の舟に乗って、流れに逆らって進んでいた。しとやかな雨が降っていた。 道なき道を、鉈でざくざくと蔓を払い、藪を掻き分けてきた旅人は、足を止め、凝然と蛙に見入った。 …

眠れぬ夜の詩

君は屠殺場において 鼻輪に綱を牽かれ出でたる牛が 漆黒の目を涙に泳がせ曖昧に啼き (彼は何事か分からぬが、不安なのだ) おろおろ廻り、たぢろぎ、怖氣づく、と 瞬目のうちに 彼は電氣ショックを與へられ 冷ややかな瀝青に崩れ落ち やにわに現るる靜寂が …

雑踏の中の孤独

夜の10時半頃であったと思う。大阪駅を歩いていた。改装工事を終えたばかりで、広々とした空間を、真新しい石のタイルが敷き詰めてあった。空間の壁はほとんどすべて、シャッターが下ろされた高級ブティックや旅行代理店が占めていた。大都市のターミナルの…