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玄田有史 『希望のつくり方』

書評

希望のつくり方 (岩波新書)

希望のつくり方 (岩波新書)

 「希望」が学問の対象として真剣に考慮されるようになった背景には、もちろん、停滞する経済状況を一因とした、日本社会に蔓延する閉塞感への痛切な問題意識があった。「希望」とは、その客観的な意味を捉えることが難しく、しかも手垢にまみれたことばだ。だから、「希望」を、魅力的な学問たるためには、まずその定義が明確でなければならないし、既存の学問の成果を十全に利用した上で、有益な、あるいは意外性のある研究成果を生み出さなければならないはずだ。

 分野をこえた研究者がこの「希望学」に取り組んできた。新しい学問を立ち上げようとする彼らは、次々に湧出するアイディアを比較検討し、幾度となく改善を図り修正を重ねながら、「希望」を「行動によって何かを実現しようとする気持ち」、そして(経済学を専門とする著者は、こちらの方に強い学問的関心を寄せているかもしれないが)「社会的な希望」を、「他の誰かと一緒に、行動によって何かを実現しようとする気持ち」と定義した。

 本書は、著者がこれまでリードしてきた「希望学」(東京大学出版)という一連の専門書での研究成果を、一般読者向けにごく薄い入門書として上梓したものである。この新しい学問の萌芽に触れるとき、私たちは抽象的な思弁よりもむしろ、それぞれに何かを抱えて生きている、私たちと同じ人間に直面することになる。統計データを分析するだけでなく、数多くの人々に真摯に耳を澄ませ、実直に向き合い、彼らの歩みを誠実に語る著者に、私は強い好感を抱いた。(もっとも、大学時代に一度だけお見かけしたことはあるのだが、ほとんどお話する機会はなかった。今思えば、とても残念なことだ。)

 上に示唆したように、希望学は、法学者や社会学者、経済学者など、多様な学問を専攻する人たちによって創られた学問である。著者は日本の労働経済学の第一人者であり、統計データから、いくつかの興味深い事実を指摘する。(たとえば、仕事にやりがいを感じる割合は、挫折を経験せずに「レール」を踏み外すことなく歩いてきた人よりも、むしろ、当初の希望で挫折して別の希望へと進路変更した人の方が高い、など。)さらに、たとえば社会学の成果を導入して、「ウィーク・タイ(緩やかな絆)」を多く持つ人ほど将来に希望を持ちやすいと言った興味深い(そして、おそらくこれからの時代の重要な概念になるかもしれない)指摘もする。

 希望は、それが表す意味からなおさら、現実の生活と切り離して語ることはできない。希望を学問的見地から考察し始めた著者たちがフィールドワークの都市としてまず選んだのは、釜石市だった。かつて製鉄の街として繁栄したこの街は、70年代後半以降、高齢化や人員整理によって経済が冷え込み人口が激減、いわば、今日の日本社会を20年ほど先取りしていると考えられるからだ。この地に暮らす人々はどのように希望を保持してきたか。インタビューを経た著者の筆致は、彼の温かな眼差しを反映し、現地の人々の誇りと希望を裏打ちしているようだ。

 また、既存の「学問」らしくないユニークな着眼点は、「希望の物語性」だ。当初希望を失っていた人が徐々に希望を取り戻す過程において、皆が期せずして口にするのが「物語」「ストーリー」ということばだそうだ。当然、その物語には挫折が含まれるのであって、挫折や、人生における物語性が、その人々の生や社会にとって何を意味するのか、私たちは、多くはインタビューを通した生の声を通して、考え込むことになる。
 
 本書の要約として、「どうすれば希望を自分でつくることができるのか」、著者がこれまで希望学を創り学んできたことから、本書の最後に7つ挙げられていうる。どれも、懸命に生きた人々との対話から生まれた、血の通った示唆だ。書店でページを繰ってみて、共感するところがあれば、ぜひ本書を手にとってくださればと思う。