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カフカ 池内紀訳 『断食芸人』 

書評

断食芸人―カフカ・コレクション (白水uブックス)

断食芸人―カフカ・コレクション (白水uブックス)

 ここで簡単に紹介するのは―と言っても、およそ30の作品が所収されている中、1つや2つだけを選ぶのは無理で、大部分、私がカフカの作品を愛しているという話になるだろうが―『断食芸人』と題された(あるいは『断食芸人』という短篇を含む)白水Uブックス刊行のフランツ・カフカの短篇集である。初めて読む作品もあったが、多くはこれまでに別の文庫本で読んだことがあった。同じ訳者による岩波文庫の『カフカ短篇集』『カフカ寓話集』に所収されている作品と、かなり重なっているからだ。とは言え、私はカフカの短篇に飽きることは決してない。

 20世紀を代表する作家であるカフカが生前発表した作品のほとんどは短篇である。(『変身』という中篇が唯一の例外である。『城』(未完)などは生前発表されなかった。友人に死後燃やしてしまうように頼んでさえいたのだ!)本書は、生前に出版した短篇集のうちの2つ、『田舎医者』と『断食芸人』および、新聞、雑誌に発表した短篇および雑文を収録したものである。

 私は、カフカの作品に心底魅了される。その想像力に震え、驚嘆する(読み返すたびに!)。妖しげに漂う死の空気にうっとりと酔う。謎の深淵にほおりこまれ、呆然となる。一方で、その妖しさや神秘性は、読み返すたびに、謎のままとして了承され、心を満たすようになる。

 私は、カフカの作品を使った読書会に参加したいと強く思う。これほど、読む人それぞれの想像力を刺戟し、その想像力を、残酷なほどの自由に放り置く作家はいないのではないか。カフカを読み困惑の愉悦に浸る人たちと、一つの作品を巡って何十分も話をしてみたいと思う。

 結びに、カフカが友人に宛てた手紙の中の一節を紹介したい。私が本を読むとき、常に指針としてきた、カフカから得た唯一の現実的で実際的な教訓である。なお、訳文は、ネット上の英訳を、私が日本語にした。

 要するに、僕たちは、僕たちを咬んだり刺したりする本だけを読むべきだと思う。もし、読んでいる本が、脳天への一撃のように僕たちを揺すり起こすのでなければ、そもそも何故、わざわざそれを読むのか。君が言ったように、愉快な気分になるためか。ああ、僕たちは、全く本がなくても、同程度に愉快であろうよ。必要とあらば、自分に向けて、愉快になれるような本を書いてやったらいいんだ。僕たちが必要とするのは、非常に痛ましい不運のように、僕たちを打ちのめす本だ。自分よりも愛する人が死んだときのように。そう、まるで全く人の気配がない森に放逐されたように感じさせる本だ。自殺のように。どんな本でも、僕たちの内の凍った海を砕く斧でなければならない。僕はそう信じている。

フランツ・カフカがオスカー・ポラックに宛てた手紙より。日付には、1904年1月27日とある。)

カフカ短篇集 (岩波文庫)

カフカ短篇集 (岩波文庫)

カフカ寓話集 (岩波文庫)

カフカ寓話集 (岩波文庫)