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加藤忠史 『双極性障害―躁うつ病への対処と治療』

書評

双極性障害―躁うつ病への対処と治療 (ちくま新書)

双極性障害―躁うつ病への対処と治療 (ちくま新書)

 本書は、双極性障害の病症と薬物の紹介(日本においての新薬の認可の遅さには愕然とさせられる)、具体的症例と患者への有益な(つまり双極性障害に人生を翻弄されないための)アドバイス、そして、第一線で活躍する研究者として、まだ原因がよくわかっていないこの厄介な病の研究の最前線を紹介している。それぞれの記述がバランスよくまとまっていて読みやすい、この病について(まだ解明されていない多くのことも含めて)一通りの理解ができる好著である。

 著者は、東大医学部を卒業し、現在は、理化学研究所脳科学総合研究センターで、国内外において双極性障害の研究を牽引している、この分野の泰斗である。もっとも、単なる研究者の視点からの提言だけではなく、現実の患者に敬意と温かさをもって接してこられたことが、具体的な臨床例の紹介から伝わってくる。

 双極性障害とは、以前であれば「躁うつ病」と呼ばれていた病気である。一般に「躁うつ病」とは、鬱状態に加えて、激しい躁状態が伴う精神病であると認識されている。ところが、鬱状態に加え、軽い躁が伴うような病症は、一般にはあまり知られていない。今日、精神医学の現場では、前者を「双極Ⅰ型障害」、後者を「双極Ⅱ型障害」と呼んで区別する。

 うつ病双極性障害とでは、治療に使う薬も、治療にかかる期間も全く違う。うつ病は、1年ほどで治療が終了し、再発の危険もさほど高くないのに対して、双極性障害は、良くなっても(寛解しても)90%を超える患者が再発する。したがって、リチウム(商品名はリーマス)を中心とした服薬によって長期にわたり予防措置をとり、かつ、再発の兆候を初期段階で見落とさないことが何よりも重要になる。鬱と異なり、躁状態のときは本人に病気の自覚がないから、家族やパートナーの協力、理解も必要になる。繰り返すと、人生を台無しにしてしまう恐ろしい病であり、かつ、根治することが困難なのだ。

 また、うつ病については有効な抗鬱薬がいくつも開発されているのに対して、双極性障害での鬱には、これといった決定的な薬は現在見つかっていない。(本書には、トレドミンなどのSNRIについての説明がなかったが、おそらく同様なのだろう)。間違いなく効果があると実証されているのはリチウムだけであるが、手の震えや口渇など副作用が強い上、有効に作用する量の値域が狭いため(量が多すぎると中毒症状を起こすし、少ないと効果がない)、定期的に血中濃度を測定する必要がある。リチウムに加え、いくつかの薬物を組み合わせ(リチウムだけでは効果がなかったり、あるいは体質によっては効きにくいということもある)、最終的にはリチウムだけで予防の段階を保てるようになることが理想的であるとのことである。

 非常にショッキングだった事実は、この双極性障害というのは、診断するのが非常に困難とのことで、診断には平均8年を要しているということだ。これは、特に軽躁を伴うⅡ型であればなおさら自分も周囲も病気だとは思わないので、「うつ病」「抑鬱状態」と診断されたままに効果のない抗鬱剤を飲みながら時間ばかりが経過し、ふと良くなったら服薬をやめてしまうといったように適切な診断と治療が行われていないことに起因するという。(そうすると、躁と鬱の間隔がどんどん短くなり、最悪の場合リチウムも効かなくなるという)。もっとも今日の技術では、鬱状態だけから、それがうつ病によるものなのか双極性障害によるものなのか判断することはできないから、「軽躁の時期がこれまでになかったか」を診察の際に医師に伝えるように訴えている。フランスの統計によると、鬱状態で病院にかかっている人の3割弱が双極性障害であり(上述したように、双極性障害に対する決定的な抗鬱薬はないのだ)、鬱状態の期間は、双極Ⅰ型(重い躁を伴う)であれば3分の1程度、双極Ⅱ型(軽躁を伴う)では2分の1程度にもなるという。

 双極性障害の研究は、新しいもので、うつ病のようにたくさんの薬がある状況でもない。特に、双極Ⅱ型は、1970年代の北米においてやっと確立した概念である。「うつ病」の概念がこれだけ人口に膾炙し、徐々にではあるが理解が深まってきている中にあって、もし鬱状態で受診している人のうち数割もの人たちがこの病に罹っているとしたら、私たちは、鬱について極めて断片的で偏った理解しかできていないことになる。

 今は、この本をきっかけに、双極Ⅱ型に焦点を当てた、内海健 『うつ病新時代 双極Ⅱ型という病』を読んでいる最中だ。(ちなみに、帯には、「斉藤環氏 絶賛 『昏迷をきわめるポストモダンうつ病論に光明をもたらす、画期的論考』」とある。)

うつ病新時代―双極2型障害という病 (精神科医からのメッセージ)

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