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水村美苗 『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』

書評

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

 
 いくつもの論理的な誤謬が見られるが、本書の基本的な立ち位置には賛成する。まずは、論理的な誤謬の方から指摘する。

 著者は、日本初の近代小説とされる『浮雲』を書いた二葉亭四迷を、
 

 ツルゲーネフの『あひゞき』の翻訳を著し、初めて文学の翻訳たるものの意味―それが、一語一句正確に訳し、かつ感動を与えねばならないのを世に知らしめたのも…(p.202)

と紹介する。著者はここで、ロシア文学は、日本語の翻訳でその真価を概ね理解できると考えているとみて、間違いない。著者は日本文学の翻訳(英訳)について以下のようにも書く。
 

 第二次世界大戦で惨敗した後も、日本は、やがては、平和のみならず高度成長というものにも恵まれた。高等教育を受けられる人口はいよいよ増え、本はいよいよ廉価になり、全集もいよいよたくさん出回るようになった。事実日本は国民全体が狂ったように文学を読んでいる国となったといえよう。自国の文学だけでなく、世界の古典をも幅広く熱心に読んでいたのだから、今思えば、世界も羨むべき国となったのである。しかも、そのころになって、日本近代文学は次々と優れた英語の翻訳者を得るようになり、先にも触れたように、それらの翻訳者のおかげで、ノーベル文学賞も受賞した。世界のほかの言葉にも翻訳されるようになった。かくして、いつのまにか日本近代文学は、その存在が、世界の読書人―その数はごくわずかでも、文学にとっては重要な、世界の読書人に「主要な文学」として知られるようになったのである。(pp.231-32)

ところが、言語を超えた普遍的な文学の価値が、日本語では体現されうることを書きながら、
 

 実際、すでに、〈叡智を求める人〉は、今の日本文学について真剣に語ろうとは思わなくなってきている。今の日本文学について真剣に考察しようとは思わなくなってきている。だからこそ、今の日本では、ある種の日本文学が「西洋で評価を受けている」などということの無意味を指摘する人さえいない。言葉について真剣に考察しなくなるうちに、日本語が西洋語に翻訳される困難さえ忘れさられてしまったのである。近代に入り、日本語は西洋語からの翻訳が可能な言葉に変化していく必然性があった。日本語で読んでも西洋語の文学の善し悪しがある程度は分かるのはそのせいである。ところが、西洋語は、そのような変化を遂げる必然性がなかった。西洋語に訳された日本文学を読んでいて、その文学の善し悪しがわかることなど、ほとんどありえないのである。わかるのは主にあらすじの妙であり、あらすじの妙は、文学を文学たらしめる要素の一つでしかない。(pp.263-64)

と矛盾したことを書く。そして、この直後に続く(同じく矛盾した)文が、おそらく著者にこの本を書かせた動機となった思いなのだろう。
 

 それは、漱石の文章がうまく西洋語に訳されない事実一つでもって、あまさず示されている。実際、西洋語に訳された漱石はたとえ優れた訳でも漱石ではない。日本語を読める外国人のあいだでの漱石の評価は高い。よく日本語を読める人のあいだでほど高い。だが、日本語を読めない外国人のあいだで漱石はまったく評価されていない。以前『ニューヨーカー』の書評で、ジョン・アップダイクが、英語で読んでいる限り、漱石がなぜ日本で偉大な作家だとされているのかさっぱりわからないと書いていたのを読んだときの怒りと悲しみ。そして諦念。常に思い出すことの一つである。日本文学の善し悪しがほんとうにわかるのは、日本語の〈読まれるべき言葉〉を読んできた人間だけに許された特権である。(p.264)

 私は、漱石が偉大な作家でありながら英語圏でその真価を十分に認められていないということに異議を唱えるつもりはまったくないが(ただしスーザン・ソンタグのような、少数だが重要な例外には留意すべきだ)、ここで著者が「怒りと悲しみ。そして諦念」まで感じてしまうのは、著者が、英語圏(およびフランス語圏)文化と日本語圏文化とのあいだで、アイデンティティを引き裂かれつつあるような苦しみを感じているからだろう。

 そして、今の引用で露呈している(そして本書全体の論調と矛盾しないはずの)「ホンネ」はおそらく以下のようなものだろう。「偉大なる日本語を通してであれば、世界中の文学を理解しうる。日本文学も世界で(特に英語圏で)評価されてほしい。今の日本文学は(名は出さないけれど、特に村上春樹は)全然だめ。大江健三郎は渋々認めます。それより前の日本文学は、日本語を直接読まないと分かりっこない。でも英訳を通してでも日本文学が評価されているのはすごく嬉しい。」

 本書全体に散見される論理的な誤謬は、この、排他的で非文学的な「ホンネ」が(われわれの意識下の願望がしばしば矛盾したものであるように)、論理の上で矛盾であることに起因するように思われる。(だから、著者がアリストテレスの「テキスト」の古典的価値について言及するとき、私は、この人は古代ギリシャ語にも造詣があるのかと言いたくなる。)

 とは言っても、本書が指摘するように、インターネットの普及で決定的となった「英語の世紀」にあって、漱石以降の日本近代文学は、護らなければ、専門家以外には忘れ去られてしまうであろうという指摘には同意する。本書が指摘するように、「書き言葉」は「話し言葉」を単に文字に置き換えたものではないし(われわれは書き言葉でしか伝えられないものを伝えるために書くのだ。)、「書き言葉」は「読まれるべき言葉」の唯一の媒体である。以下に引用する国語教育への苦言を、私は著者と共有する。
 

 国語教育の理想をすべての国民が書けるところに設定したということ、国民全体を〈書く主体〉にしようとしたということ―それは、逆にいえば、国語教育の理想を(読まれるべき言葉)を読む国民を育てるところに設定しなかったということである。ところが、文化とは、〈読まれるべき言葉〉を継承することでしかない。〈読まれるべき言葉〉がどのような言葉であるかは時代によって異なるであろうが、それにもかかわらず、どの時代にも、引きつがれて〈読まれるべき言葉〉がある。そして、それを読みつぐのが文化なのである。(p.302)

 私は、文学作品が歴史的仮名遣いで示されるだけで、私とその作品との間に壁があるように感じる。たくさんの本を与えてくださった中学高校の国語の先生には今さら感謝しきりであるが、そして、今さらながら、先生の日本語への造詣の深さに畏れ入っている次第であるが、それでも「常用漢字」という制度の中で、私の漢字への知識は限定され、明治期の多くの作品に未だにアクセスできずにいる。私は、著者と同じように漱石を敬愛しているし、著者が何度も引用する『三四郎』は、同じく大好きな作品の一つだ。何度読んだかしれない。著者は書く。
 

 これから五十年後、百年後も『三四郎』は誰にもアクセスできるものではあり続けるだろう。だが日本文学の専門家しか『三四郎』を読まなくなってしまったらどうするのか、コンピューター用語でいう「ロングテール現象」の一部に『三四郎』が入ってしまったらどうするか。それは、あたかも日本近代文学の奇跡がなかったのと同じことでしかない。(p.321)

 著者が危惧する事態は、教育で日本文学を護ろうとしない限り、訪れるだろう。著者の、漱石の引用はすべて歴史的仮名遣いでされているが(著者は12歳から20年アメリカで育ったそうだが、アメリカには馴染めず、家庭にあった、1926年に1冊1円という破格の値段で発行された、ルビ付きの「現代日本文学全集」を読んで、日本への憧れを膨らませながら少女時代を過ごしたそうだ。)、私を含めた、私と同世代の人の多くはおそらく、歴史的仮名遣いを読むことに慣れていないし、不得手だ。私は学校を出てから、明治の文人たちのもつ語彙の豊穣さにたびたび唖然とさせられた。未だに、漱石の『草枕』は、「漢字が難しくて」何度も挫折したきり読めていない。国の政策一つで、ひとつの文化が亡びることは簡単に想像できる。

 これからますます、英語ができないと学問ができない、インターネットでも碌な情報が得られない世界になっていくだろう。(今でもそうだ。)だからなおさら、教育の過程で日本文学を「読ませ」なければ、その伝統はすべて博物的な対象と移行していく。そうすれば、著者が危惧するように、百年もすれば、日本語は、「話しことば」と、その延長としての、つまり本来的な意味合いではない「消費を目的に書かれたもの」、そして、知的・文学的価値の担い手としての(=読まれるべきテキストとしての)英語、という悪夢のような世界が訪れるだろう。私自身は、日本文学全体を俯瞰するほど日本語の伝統に通暁してはいないし、まして英語を教えて飯を食う立場にあるからなおさら大きなことは言えないが、何もかもが英語に翻訳され、インターネットで無償でアクセスできる地球にあって、日本文学は「護ら」なければ、「亡びて」しまうだろう。

 『三四郎』も含めた日本文学、そして日本語に翻訳された世界文学の豊かな実りを、甲陽学院中学校、高校の間に読ませてくださった恩師の池田辰彦先生にはこの場を借りて感謝申し上げたい。

三四郎 (新潮文庫)

三四郎 (新潮文庫)