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千野栄一 『外国語上達法』

書評

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)

 

 著者の名前を見てピンと来られるでしょうか。私は今ウィキペディアのページで確認しましたが、やっぱり、あの私が愛してやまない小説、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』の翻訳者でした。私がこの小説に自我を震わされ、たまらない気持ちで酔いしれられたのは、ひとえに千野さんの名訳があったからに他なりません。もう10年も前にお亡くなりになっているということを知り、惜しい方を亡くしたものだと残念に思っています。先ほどまで、千野さんの温かい息吹に何か懐かしいようなこの本を読んでいたので、ことばがありません。

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

 本書『外国語上達法』の初版は1986年。当時はまだ一般的ではなかったインターネットが普及し、外国語学習の環境は一変しました。この30年で、英語は多くの識者の予想を遙かに凌いで世界を席巻するようになりました。第二外国語の習得に熱心な人の数は確実に減ったでしょうし、ロシア語は、(世界文学の遺産という意味合いを除けば)地球の中のローカルな言語以上のものではなくなりました。だから、当時からするとほとんど誰にも予想できなかった意味合いにおいて、この本は古くなりました。それでも、この本は「読ませる」本です。外国語学習への今でも古びないヒントは確かにそこに燐いていますが、私は何より、チェコ語を中心としたスラブ語学の泰山北斗であった著者が、熟(こな)れた日本語で―その力量は『存在の耐えられない軽さ』の翻訳で明らかです―その豊かな人生経験、温かな人柄、旺盛な好奇心を語った極上のエッセイとして、この著作を愉しみました。

 私は仕事で英語を教えていますが、初学者には文法と厳選された語彙がきわめて重要であることなどまったくその通りですし(まずは1,000語習得せよというのも理に適っていると思います)、明確な目的と目標がなければ外国語は学びにくいというのも全くその通りでしょう。本書に登場する、次々と貪欲に外国語を学んでいった著者の恩師や、教え方が上手で効果的であった教師のエピソード、文化的差異への造詣としての「レアリア」…私は時折ユーモアにはにかみながら、そして著者の謙遜と気遣いとに少しばかり気が軽くなるような気がしながら、英語を教える若輩者として襟を正しました。また、私自身、外国語の学習はずっと現代の英語ばかりなので(大学でフランス語を履修する必要がありましたが、動機の不足からモノになりませんでした)、さまざまな言語を貪欲に習得していく、著者を含めた好奇心旺盛な人たちのエピソードは興味深く、そこから広がるであろう豊穣な世界をそっと想い、憧憬しました。多言語に目を向け、少しでもできるようになることで、どれほどの地平が広がるのだろうか…。

 この『外国語上達法』は、1986年(以前)の日本の置かれた環境を念頭に書かれたものですから、自宅のコンピュータの前に腰を降ろしてインターネットに接続し、世界中の辞書を無料で使え、あらゆる言語のテキストや映像が簡単に入手できる今日とは、背景となる事情、学習環境は大きく異なります。でも、それでもなお、私は、この千野さんの「作品」―円熟の境地にある教授の、温かな肉声が聴こえるような「作品」―が大好きです。

 なお、当時から激変した環境を踏まえ(「外国語学習理論」というものの研究も進みました)、同じテーマのタイトルである以下の書籍は、今日の「外国語上達法」として自信を持ってお勧めします。(私自身も本名でアマゾンにレビューを書いています。)それでも、この、千野栄一『外国語上達法』は、時代を超え、今でもきっと愉しい読書になることは請け合います。

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)