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黒澤明 『一番美しく』

映画評

一番美しく [DVD]

一番美しく [DVD]

 黒澤が戦時下に撮った作品で、少なくとも一般には傑作としての評価は受けていない。戦意高揚のためのプロパガンダと看做す向きもある。しかし、僕は、この作品は傑作だと思う。

 お決まりの「当時の時代背景から…」「検閲から…は許されず…」という物云いは、止そう。自由な表現が許されなかったという事情が仮になかったとしても、この作品は傑作だからだ。逆に云うと、この作品は、時代を反映こそしていても、時代に迎合して創られたわけではないし、検閲のせいで表現すべき何かが欠けているわけでもない。

 兵器のレンズを造る工場で、臨時増産計画が立てられる。増産ノルマは、男子工員が10割、女子工員が5割というものだが、女子工員のリーダーである「渡邉さん」は「私たちはもっとできます。男子の3分の2は増産します」と工場長に訴える。渡邊さんのこのことばに、あなたは欺瞞を見るかもしれない。しかし、渡邊さんの性格は一貫している。無理をして自分を追い込む。リーダーとしての責任感から、誰もに頼られる。無理をすると綻びが出る。疲れがたたる。それでもなお、自分を奮い立たせ、頑張ろうとする。…これは、戦時下「だから」いる種類の人間なのではなく、時代や場所を超えて存在する人間像だ。そして、もちろん黒澤は、この渡邊さんの弱さ(工場の寮母が休みを取った折に、つまり、リーダーが渡邉さんしかいなくなったときに、疲労の溜まった工員たちは諍いを始める)と孤独(父から手紙で、母の病気を知らされる。大丈夫だから帰って来ずに奉公せよと命じる手紙だ。渡邉さんは、誰にも言えない)を描くことを忘れていない。きわめて強い責任感を持った渡邉さんが、自らを限界にまで追い込みながら、潰れてしまわないのは、仲間の女子工員、寮母、工場責任者の、渡邊さんへの信頼と温かい優しさがあるからに他ならない。自分がミスして作ったレンズを、一人深夜まで作業場で探した渡邉さんに、詰所で起きて待っていた工場長が労ってコートをかけてやるシーンの、何と美しいことか。

 戦時下の工場を描いた作品だが、戦場は描かれない。戦勲も描かれない。男の猛々しさは描かれない。この作品に描かれるのは、責任感が強すぎて自分を追い込む女性と、彼女を温かく支える人々の母性的な愛と絆だ。

 映画の終わり、父からの手紙で、渡邊さんは母の死を知らされる。「帰らなくてよい、仕事をせよ」とのことだ。工場長は「すぐに帰省しなさい」というのだが、それでも渡邊さんは帰らずに仕事をしますと頑張る。かねてより黙っていた「○○さんは、毎夜熱が出るのに頑張っている」ということを告げるや、渡邊さんは仕事場に戻る。レンズを作るために顕微鏡を覗きこむ。目に涙が溢れる。対物レンズの下のレンズが見えない。

 かつて、無理することが美徳の時代があった。母の死にあって実家に帰らない渡邊さんの決断は、極端な無理だ。渡邉さんは涙で物が見えない。…つまり、もう仕事ができない。この結末を象徴的に捉えることは、ごく自然な見方のはずだ。

(余談だが、この作品で渡邉さんを演じた矢口陽子は、後に黒澤と結婚する。)