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小津安二郎 『東京物語』

映画評

 尾道から老夫婦が、独立した子どもたちに会いにやってくる。しかし、子どもたちは仕事にかまけ、残酷なほどに冷淡で、迷惑そうだ。金を払って熱海に遣って、時間を潰させる始末。そんな中、老夫婦の戦死した息子の妻であった、原節子演じる紀子だけが、心を配って2人をもてなす。

 冷遇されてなお、老夫婦は、穏やかな佇まいを崩さない。不満を、仕方がないこととして寂しそうに受け容れる。そこには、崇高な威厳さえ漂う。

 老夫婦にとっての気懸かりは、紀子の再婚だ。そんな話を持ち出すのはひょっとしたら田舎じみたことで、東京という都会では場違いだろう。心細やかに夫妻を気遣う紀子は、このときばかりは、微妙な(本当に微妙な)表情を見せる。そして、映画の最後、東京から尾道へ戻った義母が頓死した後、紀子は笠智衆演じる義父に再度「遠慮せずに再婚しなさい」と言われる。(実の子たちは葬儀の後早々と東京に引き上げたのだが、紀子はしばらく残っていたのだ。)紀子は、自分もまた、亡き夫への気持ちが日に日に疎くなっていくこと、変わり映えのないつまらない日常を過ごした夜中には、寂しくて不安になるのだと泣き崩れる。

 血を分けた親であっても、子はいずれ疎んじていく…子を愛する老いゆく親は、そうはいかないのに…僕は人の親ではないが、それでも、冷徹な現実に打たれた。

 号泣する紀子に、義父は義母の形見として懐中時計を与える。それは、スクリーンの中で静かな音を立てて時を刻む。人の心は移う。時計の針が時を刻むほどに。優しかった子どもは、冷淡な大人になるかもしれない。それでも私たちは希望を抱ける。それは、その哀しい事実を、哀しみとともに凛として受け容れる人たちがこの映画の中にはいるからだ。

東京物語 [DVD] COS-024

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