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河合隼雄 『ユング心理学入門―〈心理療法〉コレクション(1)』 (岩波現代文庫)

書評

ユング心理学入門―“心理療法”コレクション〈1〉 (岩波現代文庫)

ユング心理学入門―“心理療法”コレクション〈1〉 (岩波現代文庫)

 ユングの心理学で私が心惹かれるのは、意識と無意識とが、外界と内界とが、或いは自己と他者とが相補的に働きかけ合いながら、人格がより高い次元へと向かっていくという人間観だ。そこには、人間への信頼と、心の深みへの畏怖がある。

 人は夢を見て、自らが圧し殺していた無意識の感情を発露させる。そうした無意識と対峙することは、苦難であるし、場合によっては命懸けだ。

 河合隼雄氏は、その危険を熟知している。それでも、氏は、人間の秘めた可能性に全幅の信頼をおいているようだ。意識の中心である自我(ego)と、無意識をも包括する全人格の中心としての自己(self)との相互作用は、時に、皮相的な意識には受け入れがたい内面を暴くことがある。自らの意識が受け入れがたい内面、無意識を受け入れ、人格に統合することは、苦しい闘いである。それでもなお、人は、この試練を経て、問題を昇華させ、人格を陶冶させることができるのだ。

 フロイトが、患者の症状を性的なものに還元しようとする傾向が強かったのに対して、ユングは、彼の理論から多くを学びながらも、より全体的な人格を問題にしようとした。また、世界中の神話や信仰に通暁し、人類に共通する普遍的無意識といった概念を確立した。人が、恣意的にならずに、自己を高めようとするとき、これほど勇気づけられる理論はないであろう。


 日本においては、ユングの心理学が、河合隼雄氏によって紹介されたのは幸運であった。今は故人となってしまわれたが、氏の講演を聴き直すたび、私は、氏の温かみと深み、聴き手を安心させるような軽妙な余裕と包容力とに、ほとんどうっとりとする。