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大平健 『診療室にきた赤ずきん 物語療法の世界』

書評

診療室にきた赤ずきん―物語療法の世界 (新潮文庫)

診療室にきた赤ずきん―物語療法の世界 (新潮文庫)

 
 長く語り継がれる、誰もが知るお話というのは不思議なものだ。僕たちは、桃から生まれたわけではないし、カボチャが馬車に化けることは絶対ないのを知っている。オオカミは人間のことばを話さないし、亀は人間に恩返しをしたりしない。それなのに、僕たちは、それらの現実離れした物語を読み、愉しみ、時代を超えて語ってきたのだから。そうであるなら、それらのお話は、人生について本質的な何かを、「物語という形でしか語れない何か」を、語っているに違いないと考えるのが自然だ。

 著者は精神科医で、患者との面接でしばしばそうしたお話を提示する。そうすると、熟練した精神科医だからであろうか、実に患者の人生が、お話の文脈と符合することが多いのだ。具体的な事例は本書を読んでいただくとするが、著者が、多くの物語の中で、食べ物(を与えること)が愛(を与えること)の象徴として表れていることを指摘していることだけ触れておこう。(これは、間違いなく人生の真実に触れている。)

 僕たちは、眠ると夢を見る。その夢は、日常の論理ではまったく歯が立たない物語だ。もちろん、僕たちが昔から愉しんできたお話も同様、日常の論理の外にある。とは言っても、僕たちは皆、ある意味「物語」を生きていて(だから、僕たちは夢を見るし、人生はしばしば物語に喩えられるのだ)、その物語の文法・解釈のヒントが、夢と同様に、長く語られてきたお話に隠されていることがある。一流の精神科医、精神分析家、カウンセラーは、そうしたお話が、深いレベルで人生の真実に触れていることを示すことができる。河合隼雄氏の著作もそうであったが、本書もその好例だ。