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烏賀陽弘道 『「朝日」ともあろうものが。』

書評

「朝日」ともあろうものが。 (河出文庫)

「朝日」ともあろうものが。 (河出文庫)

マスコミが批判されるようになって久しい。ネットが普及する前も、テレビ局への「苦情」の電話は日常茶飯事だったと聞く。ネットで誰もが(多くの場合匿名で)情報を発信するようになった今日では、マスコミ批判は叢生している。その多くは(批判されるマスコミと同じように)陳腐な定型句の使用を免れ得ないでいるが、SNSの普及を決定的な契機として、「日本のマスコミは『本当に』やばいんじゃないのか」と感じる人はますます増えている。記者クラブをはじめとした、システムの構造的欠陥については今では多くの人の知るところとなったし、海外報道との比較の上から、日本の報道の貧弱さを(多くの場合冷笑的に)指摘する声も頻繁に聞くようになった。

 『「朝日」ともあろうものが。』というのは、今では少し古くなったように感じられる、マスコミ批判の定型句だ。朝日新聞ほどの権威がありながら、あなた方のようなエリートが、一体どういうつもりで…というわけだ。残念ながらというべきか、数年前まで日本のマス・メディアの持っていた権威は、SNSの普及で今日ますます相対化されている。定型的な報道しかしない日本のマス・メディアに愛想をつかした人はますます増えている。英語を初めとした外国語が使える人は、日本のニュースを(補完的にというより「代替的に」)外国語でとるような事態も起きている。この度の大地震に引き続いた福島原発事故について、Twitter上では、NYTやBBCなどの外国メディアが、正確さや冷静さにおいて優っていたことを多くのジャーナリストや専門家が指摘したのは象徴的だ。

 本書は、著者が17年間朝日新聞社に勤務した経験を描いたものである。記者クラブ内においては、取材される側からする側への物品の贈与があったこと(要するに癒着があったこと)や、ハイヤータクシー券を自由に使える環境で多くの記者が「庶民感覚」を失い、不遜で傲慢になっていくこと、あるいは、少なくとも朝日新聞社は、プロのジャーナリストとしての向上心をあからさまに削ぐような制度に基づいて、上司が部下を査定していたことなどを、ときに私憤を交え、ときに当時の迷いや苦痛を想起しながら描いている。あるいは、90年代にAERAに異動になったとき、意気揚々と誌面を創っていた、著者にとっての懐かしい想い出も。

 半自伝的な本書で描かれる、新聞記者としての仕事を始めたばかりの著者の絶望は、僕が大学を卒業して入った銀行で味わった絶望と重なった。僕はもちろん新聞記者ではないし、1年足らずで心身を壊して銀行を辞めてしまったのだが、自分の人生に重ねながら、そうであったかも知れない自分を想いながら、小説を読むように、夢中でページを繰って読んだ。過酷なほどの理不尽の中で、著者がジャーナリストとして腐ってしまわなかったのには敬服した。(だから、「自分に重ねた」と言うのはおこがましいのだが)。著者が自力で奨学金を獲得し、自費でコロンビア大学の大学院に勉強しに行ったのは、現在の僕と同い年のときだ。まったく、この人のプロとしての向上心には恐れ入る。会社が全然協力的でない中、激務の中に、これだけの心構えをし、実行したのだから。だからなおさら、90年代後半以降の、会社の待遇が描かれる箇所では愕然とした。もっとも、著者が退社していなければこの著作が書かれなかったのはもちろん、著者のことを知ることもなかったかもしれないのだが…。この本を読んで、日本の新聞社の抱える構造的な欠陥を知ることができたこと、そして何より、面白い小説を読むように著者のジャーナリスト半生を追うことができたことは、愉しく幸福な読書体験であった。

 現在フリーで活躍されているジャーナリストの烏賀陽弘道さんを、これからも心より応援したい。