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英日訳 ミシェル・フーコー『狂気の歴史』序文(途中まで) Michel Foucault "Madness and Civilization" 

翻訳

 フーコーの『狂気の歴史』の英語版の、序章の日本語訳です(途中まで)。僕にとって非常に興味があるテーマであること、残念ながら日本語訳に誤りが多いという評判があるということで、英語で持っています。序文を途中まで(Amazonなか見!検索ができるところまで)訳してみました。(英語でもめちゃめちゃに難しいんですが、ネットで探してみると、フランス語からの日本語訳は、英語を正確に理解した今の僕でも、何を書いているのか分からない箇所がよくあります。2006年に出たちくま学芸文庫のは読みやすいのだろうか。) 

Madness and Civilization: A History of Insanity in the Age of Reason

Madness and Civilization: A History of Insanity in the Age of Reason

パスカル曰く「人間とはとんでもなく必然的に狂っているのだ。狂っていないとなれば、それは狂気の別の形だ」と。さらにドストエフスキーは、彼の『作家の日記』の中で曰く「隣人を閉じ込めることによって、人は自らの正気を確認するのではない」と。

 そうした別の形の狂気の歴史は書かれたことがない。つまり、人が、至高の理性の行為において、自らの隣人らを閉じ込め、非−狂気の無慈悲な言語を通して互いと語り、認識する、そうした別の形の狂気についての歴史は。真実の領界においてこの共謀が永久に確立される前に、あるいは、抗議という抒情によって、共謀が息を吹き返す前、共謀の瞬間が定義されることもなかった。我々は、歴史において、狂気という道程の出発点にまで遡ろうと努めねばならない。この時点では、狂気は他と区別されない体験であり、未だ分断されていない、分けること自体という体験なのだ。遡行の軌跡の初めから、我々は、あの「(狂気の)別の形」―【理性と狂気】を、右でも左でも、その「形」の力学のどちらか一方へと貶める、あの「(狂気の)別の形」―をも描き出さねばならない。以後、現実の状況は外側にあって、人々のどんな言葉にも耳を貸さない。あの「(狂気の)別の形」と現実の状況とは死んだように互いを無視する。

 これは疑いなく居心地の悪い領域だ。これを探求するためには、我々は、死につつある真実は放擲しなければならないし、狂気について、我々が知っていると思い込んでいることに身を委ねてはならない。精神病理学のどんな概念も(特に、回想の暗黙の過程におけるものでさえも)知を整理するのには役立たない。知の構成上、本質的なのは、狂気を分断する行為であって、手の込んだ科学ではない。一度この分断が成され、乱されずに保存されてしまうと、だ。独創的なのは、理性と非−理性との距離を構成する切れ目だ。切れ目とはつまり、理性が、非−理性からその真実を剥奪し征服していることであり、狂気や犯罪や病は明らかにこの点に由来しているのだ。故に、われわれは、勝利を仮定することなく、あるいは、勝利の権利すら仮定することなく、あの初めの論争について語らなければならない。我々は、結論として、真実への方便として、至極妥当に思われるかもしれぬことも全て宙吊りにし、歴史において再び精査された、あれらの行為について語らなければならない。我々は、分裂というこの行為について、この、設けられた距離について、理性と理性でないものの間に設定された絶無について、決して正しいと主張されている事柄の成果に甘んじることなく、語らなければならない。

 その時、その時に初めて、我々は、互いに遠ざかっていく狂気の人と理性の人とがまだ分離していない領界、さらに初めであるから非常に粗い言葉で言えば、科学の領界に先立って、両者が互いに袂を分かつ対話を始める領域を決定することができる。はかないやり方ではあっても、両者は依然として会話をしていたことを証明できるのだ。ここで、狂気と非−狂気、理性と非−理性とが切り離せずに関係している。それらが未だ存在していない瞬間には分割できないし、互いのため、互いとの関係で、互いを分かつ取引のためにそれらが存在し出したところで、やはり、切っても切れない関係があるのだ。

 精神病の穏やかな世界において、現代人はもはや精神病者と語り合わない。一方では、理性の人は、内科医を狂気へと派遣する。それによって、病気という抽象的な普遍性を通してのみ関係を与えるのだ。他方、狂気の人は、以下のような、等しく抽象的な理性の仲介によってのみ、社会と交流する。それはすなわち、秩序、肉体的および精神的な抑制、集団の匿名的圧力および従順の必要だ。共通言語に関しては、そのようなものはない。いや、そのようなものは、もはや存在しないと言うべきだろう。18世紀の終わりに狂気が精神疾患と制定されたことは、断ち切られた対話の証左であり、分離を既定事項とした。狂気と理性とが交流していた、あの全ての、固定された統語法を欠いた、訥々とした不完全な言葉は忘却の彼方へと押しやられた。精神医学の言語は、狂気についての理性の独白であり、狂気の側のそうした沈黙を基盤にしてだけ打ち立てられたのだ。

 私はそうした言語の歴史については書いていない。むしろ、そうした沈黙の考古学について書いたのだ。(以下続く 太文字・イタリックは訳者による。)

 (元の英文)

 PASCAL: "Men are so necessarily mad, that not to be mad would amount to another form of madness." And Dostoievsky, in his DIARY OF A WRITER: "It is not by confining one's neighbor that one is convinced of one's own sanity."


We have yet to write the history of that other form of madness, by which men, in an act of sovereign reason, confine their neighbors, and communicate and recognize each other through the merciless language of non-madness; to define the moment of this conspiracy before it was revived by the lyricism of protest. We must try to return, in history, to that zero point in the course of madness at which madness is an undifferentiated experience, a not yet divided experience of division itself. We must describe, from the start of its trajectory, that "other form" which relegates Reason and Madness to one side or the other of its action as things henceforth external, deaf to all exchange, and as though dead to one another.


This is doubtless an uncomfortable region. To explore it we must renounce the convenience of terminal truths, and never let ourselves be guided by what we may know of madness. None of the concepts of psychopathology, even and especially in the implicit process of retrospections, can play an organizing role. What is constitutive is the action that divides madness, and not the science elaborated once this division is made and calm restored. What is originative is the caesura that establishes the distance between reason and non-reason; reason's subjugation of non-reason, wresting from it its truth as madness, crime, or disease, derives explicitly from this point. Hence we must speak of that initial dispute without assuming a victory, or the right to a victory; we must speak of those actions re-examined in history, leaving in abeyance all that may figure as a conclusion, as a refuge in truth; we shall have to speak of this act of scission, of this distance set, of this void instituted between reason and what is not reason, without ever relying upon the fulfillment of what it claims to be.


Then, and then only, can we determine the realm in which the man of madness and the man of reason, moving apart, are not yet disjunct; and in an incipient and very crude language, antedating that of science, begin the dialogue of the breach, testifying in a fugitive way that they still speak to each other. Here madness and non-madness, reason and non-reason are inextricably involved: inseparable at the moment when they do not yet exist, and existing for each other, in relation to each other, in the exchange which separates them.


In the serene world of mental illness, modern man no longer communicates with the madman: on one hand, the man of reason delegates the physician to madness, thereby authorizing a relation only through the abstract universality of disease; on the other, the man of madness communicates with society only by the intermediary of an equally abstract reason which is order, physical and moral constraint, the anonymous pressure of the group, the requirements of conformity. As for a common language, there is no such thing; or rather there is no such thing any longer; the constitution of madness as a mental illness, at the end of the eighteenth century, affords the evidence of a broken dialogue, posits the separation as already effected, and thrusts into oblivion all those stammered, imperfect words without fixed syntax in which the exchange between madness and reason was made. The language of psychiatry, which is a monologue of reason about madness, has been established only on the basis of such silence.


I have not tried to write the history of that language, but rather the archaeology of that silence.

狂気の歴史―古典主義時代における

狂気の歴史―古典主義時代における