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『哀しみ』 (東京新聞公募の「300文字小説」)

創作

 東京新聞の日曜版に連載の「300文字小説」に応募した作品です。タイトルは、ちょっと考えあぐねたけれど、『哀しみ』としました。日曜の朝からこんなの喜んで読む人いないと思うけど、まぁいいや。

 冷たい雨が落ちてきた。Tは、カーキー色の上着の中で、身を固くした。Tは泣いていた。目尻から涙が流れ、時折アーともオーともつかぬ声を上げた。視線がTの身体を流れた。円い傘がTの左右を行き来した。
 通り越した女が振り向き、「大丈夫ですか」と声をかけて近づいた。途端、Tは女にしがみ付いた。Tの頬に乳房の感触があった。女は悲鳴を上げた。差していた傘を放り投げ、Tの顔面を打った。人々は歩みを止めた…やにわにTは男らに取り囲まれ、女から引き剥がされた。濡れた頬には、乳房の感触と、女と他の誰かに殴打された鈍い痛みが残った。ぐちゃぐちゃの顔で、Tは「ごめんなさい」と言った。誰かがTのふくらはぎを蹴とばした。