読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

沼野充義編著 『世界は文学でできている』

書評

世界は文学でできている 対話で学ぶ〈世界文学〉連続講義

世界は文学でできている 対話で学ぶ〈世界文学〉連続講義

チェーホフナボコフの翻訳で著名なロシア文学者の沼野充義氏と、作家・文学者5人との対談集。僕は、対談集の類は、互が互を褒め合ったり、内輪の専門用語を使い合って悦に入るようなものが多いので、ほとんどの場合は敬遠するのだが、本書は、抜群に面白く、自信を持っておすすめできる。

まず、5人の顔ぶれと、対談に冠された題。

リービ英雄 「越境文学の冒険
平野啓一郎 「国境も時代も飛び越えて」
ロバート・キャンベル 「『J文学』への招待」
飯野友幸 「詩を読む、詩を聴く」
亀山郁夫 「現代日本に甦るドストエフスキー

 これだけで、錚錚たる顔ぶれに驚くだけでなく、本書の企図も概ね捉えられるのではないか。すなわち、沼野氏が、「J文学などとちっぽけなことを言わず、W文学の中にJ文学を放り込めばいいではないか」(ここでWは、worldの頭文字W)「JとかWなどという問題の立て方が(専門家にとっての場合を除いては)古いものであって、文学は文学になったのではいか」と言うように、本書は、「日本文学」「日本語の翻訳文学」というカテゴリーを解体し、大文字の「文学」に飛翔させている。また、ドストエフスキーをはじめとした、多くの海外の作家の作品も登場する。もちろん、万葉集源氏物語などの日本の古典文学だって登場する。デイヴィッド・ダムロッシュという比較文学者が「世界文学というものは、あれこれのテクストの一定の正典目録(カノン)ではなく〈読みのモード〉=あなたがそれをどう読むか なのだ」と喝破したように、「(世界)文学というのは…何を選んでどう読むかに尽きる」という沼野氏の信念が背景にある。(ちなみに、ダムロッシュは「世界文学とは、翻訳によって(価値を減ずるものではなく)価値を増すものだ」という傾聴に値する主張もしている。)


 対談であるから、もちろん、「です、ます」形式で、あっという間に読める。そして、皆さんがいろいろな作家や本を紹介されるから、「この作家の本を読んでみよう」という気にさせられる。対談で出てきた本や作品は、章末に〈読書ガイド〉と銘打ってまとめて紹介してある。沼野さんの出す本は、いつも、ユーザー・フレンドリーだ。

 どの対談もとても興味深く読んだが、僕が読んだ順番は、キャンベル→リービ→平野→飯野→亀山だった。どこからでも読める。煩雑になるのをさけて個々の対談の紹介は割愛するが、対談の中での、あっと思わせる発想や、文学への深い造詣に唸らされた。そして、新たな読書への意欲を大いに掻き立てられた。沼野氏は「(世界の文学がひとつになると、選択肢の多さに途方に暮れるに違いないがそれでも)文学への道案内をしたい」というような意味のことを書いていたが、まさに、目論見通りだった。愉しく、そして、次の、そのまた次の読書につながるようなすばらしい本であった。