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野間俊一 『身体の時間 〈今〉を生きるための精神病理学』

書評

身体の時間―“今”を生きるための精神病理学 (筑摩選書)

身体の時間―“今”を生きるための精神病理学 (筑摩選書)

 精神科医が心について記述するとき、彼らは私たちの身体的な側面、動物的な側面を無視しない。著者は臨床医としての経験から、近年頓に増加してきた「解離性障害」「解離性同一性障害(多重人格)」を中心に、「境界例(BPD)」「非定型うつ病」「広汎性発達障害」等にも触れつつ、私たちの身体が、他者と、世界とどのような形で関わり合っているのか、私たちはどのような時間を生きているのかを論じる。

 その中で著者が、議論の多くを負っているのは、木村敏による祝祭論だ。時空間性として、著者は木村の「アンテ・フェストゥム(祭りの前・未知性)」「イントラ・フェストゥム(祭りのさなか。「生命エネルギーの充溢に特徴づけられる」)」「ポスト・フェストゥム(完了態としての時空間)」を引く。例えば、内因性うつ病患者は、未知性ではなく完了態の時空間を生きているという意味で、「ポスト・フェストゥム」の時間を生きていると考えられるし、境界例の患者は、生のエネルギーが制御できない形で顕現しているという意味で「イントラ・フェストゥム」の時空間を生きていると考えられる。

 本書がユニークなのは、著者が「イントラ・フェストゥム」に対立する概念として「コントラフェストゥム(祭りのかなた)」という概念を提示していることだ。祭りの後―この時空間は、空虚さや自己の不安定性によって特徴づけられる。解離性障害患者や、新型うつ病患者は、この時間を生きていると考えられる。もちろん、近年頓に増加してきた症状を持つ患者たちだ。

 そして、著者は、この「コントラフェストゥム」という概念で、現代という時代のエートスを剔抉しようとしている。この試みは、十分に成功しているとは私は思わない。時代精神を読み解くという意味では議論がやや薄かったように思われるし、理論的な統一を図るには、さまざまな概念がやや煩雑に提示されていたように感じられた。

 本書では、さまざまな精神疾患・症例が、私たちが自身の問題として捉えられるように、時空間の視点から、身体性の視点から語られていた。今世紀に入ってから激増した症例についての記述も充実している。現代という時代を考えるためのヒントが、本書には満ち満ちている。

 なお、精神科医が、身体性を軸に論じたより易しい書物としては、泉谷閑示『「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 』がある。また、双極2型障害から時代のエートスを読み取ろうとしたやや専門的な書物としては、内海健『うつ病新時代―双極2型障害という病 (精神科医からのメッセージ)』がある。

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

うつ病新時代―双極2型障害という病 (精神科医からのメッセージ)

うつ病新時代―双極2型障害という病 (精神科医からのメッセージ)