Taku's Blog(翻訳・創作を中心に)

英語を教える傍ら、翻訳をしたり短篇や詩を書いたりしたのを載せています。

スラヴォイ・ジジェク 『ラカンはこう読め』

ラカンはこう読め!

ラカンはこう読め!

 本書は、ラカンの難解な概念の解説書ではない。帯にあるように「入門書」と呼ぶのが相応しいかどうかは疑問だ。本書は、むしろ、ラカンの編み出した諸概念(たとえば「想像界」「象徴界」「現実界」の三幅対や、「対象a」など)を自在に使って、映画や文学、現代社会を紐解くエキサイティングな思想書だ。そして、思想とは畢竟、実践されなければ無意味であることを思えば、難解なラカンの理論を用いて、現代社会を、ひいては我々自身への見通しの良い視座を切り開いてくれる本書は、思想書としても白眉だ。

 ジャック・ラカンスラヴォイ・ジジェクに強い影響を受けている日本の思想家は多いはずだ。たとえば、「現代を生きる我々は、『自由であれ』と強制されている」…という、社会学者の大澤真幸氏の指摘があるが(たとえば『不可能性の時代』)、これに該当する記述はラカンのセミネールに既に見られるのだ。(本書p.138 「楽しみを強制するものはない。超自我を除いて。超自我は享楽の命令である。『楽しめ!』」)

 資本主義社会の不平等について触れつつ、ジョン・ロールズの『正義論』の案を批判する箇所なども興味深い。

 羨望と怨恨とが人間の欲望の本質的構成要素である…(中略)…ロールズが提唱するのは、階層が自然な特性として合法化されるような恐ろしい社会モデルである。そこには、あるスロヴェニアの農夫の物語に含まれた単純な教訓が欠けている。その農夫は善良な魔女からこう言われる。「なんでも望みを叶えてやろう。でも言っておくが、おまえの隣人には同じことを二倍叶えてやるぞ」。農夫は一瞬考えてから悪賢そうな微笑を浮かべ、魔女に言う。「おれの眼をひとつ取ってくれ」…(中略)…まさに資本主義の不正そのものが、資本主義の最も重要な特徴であり、これのおかげで、資本主義は大多数の人びとにとって許容できるものなのだ。(本書pp.68-67)

 ラカンを通して、現代の世界を、我々自身の内奥を、そして映画と文学を目一杯語る、ジジェクの世界にようこそ。

 僕が次に読む予定のジジェクの著作は以下。(いつになるかはわかりませんが。大学生の時分に話題になりました。)

イデオロギーの崇高な対象

イデオロギーの崇高な対象

ちなみに、本書で「全般的で手頃なラカン入門書として最も優れている」と推薦されている書物は以下。

Jacques Lacan (Routledge Critical Thinkers)

Jacques Lacan (Routledge Critical Thinkers)

 臨床面における最良の入門書として推薦されているのは以下。(僕は買ったもののまだ全部は読めていません。)

ラカン派精神分析入門―理論と技法

ラカン派精神分析入門―理論と技法