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平野啓一郎 『私とは何か―「個人」から「分人」へ』

書評

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)


通常私たちが、自身を「私」として捉える時、それは統合されたひとつの人格をもつ「個人(individual)」としてだ。ところが本書は、この先入観は、実のところ私たちの実感に合わないのではないかと疑義を呈する。

 私は、家族と話す時、恋人と話す時、友人と話す時、職場で話す時では、それぞれ別の自分を持っている。いくらperson(人)の語源がラテン語のpersona(仮面)にあるといっても、私は意識的にそれぞれの仮面を身に着けているわけではない。それぞれの自分は対人関係の相互作用の中で無意識的に現出する。そして、それぞれの私が「本当の私」だ。誰もこのことで、私を「仮面を使い分ける本質のない輩」と批難したりはしまい。誰しも、対人関係のネットワークの中で複数の自分を生きているはずだ。

 本書は、そうした複数の自分のそれぞれを「分人」と名付ける。英語のindividualが、「分割不可能」という意味であるのを意識し、実のところ私たちは、分割「可能な」個人であり、それぞれの自分が「本当の自分」なのだというメッセージが込められた言葉だ。

 このモデルを導入すると、私たちの人間関係への見通しはずっと良くなる。あるいは、私たちが複数の「分人」を生きていることを考えることは、積極的な生の楽しみ方、人間関係のストレスを和らげる仕方を考えることでもある。

 作家平野啓一郎が、作品を創る中で創案した「分人」の概念に救われる思いをする人も多いことだろう。

 もとは口述したもので、平野が全面的に書き直した。とても読みやすく、一気に読め、しかも深く考えさせられる一冊。これからも時折、人生の指針を求めて頁を繰ることになるだろう。