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物語の断片

創作

人は生きられなかった生を生きるために文学を書くのだ、と誰かが書いていて、思わず考え込んだ。

 僕が生きられなかった生とは、偶有的な生の集合だ。必然的に見える生を生きる僕が、偶有的な生の集合の元をひとつ手繰り寄せ、その生を物語ることで生きてみせる、それが、書くということなのか。

 僕は女であったかもしれない。日本語を解さなかったかもしれない。酒が飲めなかったかもしれない。いかなる種類の病も抱えていなかったかもしれない。そうした可能性を空想するのは僕にとって難しくない。ただ、物語るとなると容易ではない。僕は、そうした僕を語り生きることができるか。

 いかに虚構の世界の人間でも、彼/彼女が語られうる存在である限りにおいて、独りで生きることはできない。僕は、他の人物をも巧みに造形して、それぞれを関係づけ、説得的な虚構を構築しなければならない。僕が生きられなかった生…。

 僕がよく知っている一人の男についてほんの少しだけ語ろう。

 彼はモーツァルトが好きだ。ピアノとヴァイオリンを演奏するが、今日は、家で酒を飲みながら音楽に耳を澄ませている。身体が、溶けていくようだ。彼はうっとりとし、その恍惚に身を委ねる自分に酔う。眠気と幸福感が彼の身体を浸す。

 妻が、音楽のヴォリュームを下げてくれと言う。朝が早く、眠ろうとしているのだ。彼は音楽を切って、妻のところに行って額にキスをする。彼は「おやすみ」と小さな声で言う。「おやすみ」と彼女は眠そうな声で言う。

 酒の氷をグラスの中で転がしていると、昔の記憶の断片が浮かんだ。付き合っていたときに、妻が初めて作ってくれた料理。初めて一緒に寝た夜。娘が産まれた時に初めて嬉し涙を流したこと。家族で花見をしたこと。確か、雀が弁当を摘みに来たな。

 娘からの電話が鳴る。「お母さんは?」と訊くので「寝たよ、もう」と返すが、妻はわざわざ起きてきて娘と長話を始める。彼は鏡で自分を見る。白髪が増えたのを見て、おれもやっぱりちょっと年を取ったなと思って苦笑する。あいつももうすぐ二十歳か。彼は少し残った酒を飲み干し、氷をかりかりと囓る。

 さて。

 ―たとえばこれが、僕が生きなかった僕だ。