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村上春樹 『約束された場所で underground 2』

書評

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

約束された場所で―underground 2 (文春文庫)

宗教的理想郷の対極にある現実世界は、入り組んでいて、理不尽だ。それが愉快だと哄笑する人であれば、宗教を希求することはたぶん、ない。

 私は、この、オウム信者へのインタビュー集を読んで、人ごとではないと只ならぬ胸のざわつきを感じた。私は、現実(あるいは心)が複雑で不条理であることをよく知ってはいるけれども、その事実は私を長年傷つけてきたし、今も疼きは消えない。もし微弱な自分が、現実世界に圧倒され、語らう友もいず、よろめきながら、なお理想を求めようとしていたら、清廉を装う(そして修行を通して身体の変容を目指す)宗教団体に、自己を差し出す可能性がなかったとは私には言えない。社会から落伍していたら、教祖らの説法が論理的で迫力あるものだったら、私は、自己の判断力ごとグルに差し出していたかもしれない。私は弱かったし、今も弱い人間だ。

 だから、私は、本書のインタビュイーの(元)信者達の心情に寄り添うことはできる。彼らは純粋に、宗教的実践者として自己を変革しようとしていた。私自身も、仏陀親鸞の宗教書を持ってページを繰ることもあるし、下手な瞑想をしてみることもある。もっとも、私は、どういった宗教団体にも所属してはいないし、宗教的な同志がいるわけでもないが。

 違いといえば、私には後知恵があることだ。もちろん、副次的には、私は世界の不条理を(疼きとともに)まるごと抱きしめられるようになってきたし、文学や思想という糧もまた私を精神的に深めてきてくれたように思う。それでも、私は、依然愚かだし、弱い。後知恵があるだけで、彼らに後ろ指を指すことはできない。