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岩井俊二監督 『スワロウテイル』


 僕が子供だったとき―80年代の終わりから90年代の初めにかけて―小学校では「未来の日本」をテーマにした絵を描かされたものだ。絵の中では、翼のある車が空を飛んでいて、華やかな空中庭園があった。後の子供たちもこんな絵を描かされたのだろうか。いや、きっとそんなはずはない。ちょうど僕が子供だった時を境に、人々は、未来は常に輝かしいという幻想を捨て去ったに違いない。未来はもはや夢物語ではなく、緩慢な現在の延長へと堕したようだった。

 そして、僕が思春期を過ごした90年代という時代がある。人々は、バブル景気の終焉を経験し、豊かさの極点から緩やかに下落していくように感じていた。成熟した経済の中には、依然豊かな人がおり、貧しい人が増えつつあった。世界のグローバル化が進んでいた。華やかな虚構があり、欲望と挫折があった。女子高校生の売春が問題視され、欲望と挫折が渦巻いていた。激しい暴力の予感があり、それは時に具体的な形で爆発した。どこにも行かない豊かさに、多くの人が虚しさを感じていた。それはおよそ、黄昏のような時代だった。

 岩井俊二監督の描く『スワロウテイル』は、それら「全てを」織り込んだ哀しい映画だ。同時に、社会から弾かれた人の絆を描いた、希望の物語だ。20年近く経った今の時代は、90年代よりも明るいだろうか、そんなことを想った。