Taku's Blog(翻訳・創作を中心に)

英語を教える傍ら、翻訳をしたり短篇や詩を書いたりしたのを載せています。

The Inventor Of the Future (TIME誌の記事の印象的な箇所を、和訳を添えて紹介)

スティーブ・ジョブズ氏の死去を受けて、先週TIME誌は追悼号を出しました。そのカバーストーリーにあたる、"The Inventor Of the Future" から、印象的な箇所と、記事の中の英語表現を紹介します。日本語訳はすべて私自身によるものです。

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The Inventor Of the Future - TIME

また、記事には、有名な2005年スタンフォード大学卒業式におけるスピーチでのことばもたくさん現れます。



ペプシのCEOを挑発し、辱めてアップルに引き抜いたときの逸話。

  Among the people whose buttons he pushed was Apple's president, John Sculley, formerly the CEO of Pepsi, the man whom he had famously shamed into joining Apple with the question "Do you want to sell sugared water for the rest of your life, or do you want to come with me and change the world?" Frustrated with Jobs' management of the Macintosh division and empowered by the Mac's sluggish sales, Sculley and Apple's board stripped Jobs of all power to make decisions in May 1985. In September Jobs resigned.

 ジョブズが挑発した人物の中には、アップル社の社長になったジョン・スカリーがいる。前にペプシのCEOを務めていた人物だ。よく知られているが、彼は、ジョブズ「残りの人生ずっと、砂糖水を売りたいのか、それともおれのところに来て世界を変えたいのか」と問いただされ、彼はアップル社に入社しなければ恥であるような状況で入社させられたのだ。もっとも、ジョブズ氏のマッキントッシュ部門の経営に不満で、また、マッキントッシュの売れ行きが悪かったことで権を握ったスカリーとアップルの取締役会は、1985年5月にジョブズから決定権全てを剥奪した。9月には、ジョブズ氏は辞任した。

違法な音楽ファイル共有ソフトが横行していたときにiTunes Music Storeを普及させたことに触れて
 

...not only did he talk the famously recalcitrant record labels into letting him sell their songs online, but he also conned consumers into paying for what they could steal. He did the business equivalent of an Indian rope trick: he beat free. Consumers bought a million songs in the first week, and by 2008 they had purchased 5 million of them.

 彼は、あの、反抗的なことで有名なレコード会社複数から、ネット上で曲を売る許可を取り付けただけではない。消費者に、盗もうと思えば盗めるものに対して、まんまと金を払わせたのだ。彼がしたのは、いわばビジネスにおけるインディアン・ロープ・トリック。「無料(タダ)」に勝利するというマジックだ。消費者は、最初の1週間で100万曲を購入した。そして、2008年までには500万曲を購入していた。

「インディアン・ロープ・トリック」は、ロープが空中を昇っていくマジック。説明できないような不思議の喩えとして使われています。このマジックの動画は以下。


マイクロソフト社が他社の製品との共存を目指したのに対して、アップル社は全てを自分たちで創り上げようとしていたという比較をしている箇所。

  Jobs had created a closed technological universe of gleaming Copernican perfection, and everybody wanted to live there. Jobs had realized that building products to play nicely with those of other companies was all well and good -- that was the Microsoft way --but to really get it right, you had to build everything yourself.

 ジョブズは、輝かしいコペルニクス的転回ともいうべき完全性を備えた、テクノロジーの閉鎖的宇宙を創り上げていた。誰もが、そこに住みたがった。ジョブズは気づいていたのだ。他社の製品にうまく合う製品を作るのは、まあ及第点だ。(それがマイクロソフトのやり方だ。) しかし、ほんとうにうまくやるためには、全部自分で作らなくてはいけないのだ。

英語表現では、"all well and good" というフレーズに躓くかもしれません。LDOCEでは、"to be good or enjoyable, but it also has some disadvantages" と定義されています。僕は、「まあ及第点だ」と訳しました。


そして、最終パラグラフが印象的です。ジョブズ氏は、上に動画で紹介したスピーチの中で、スタンフォードの卒業生に「他人の生を生きるな。自らのハートと直感に従え。自分の内なる声を、他の人間の意見の雑音の中に埋もれさせるな」と祝辞を述べています。このことを踏まえて、結びのパラグラフ。

 Jobs was right, as he almost always was, and he took his own advice. He lived nobody's life but his own, and he followed his heart and his intuition. Sometimes they brought him to the edge of ruin. Sometimes they led him to overpower other people's visions and drown out their inner voices with his own. But it's the paradox of Jobs, never to be resolved, that when he was done, he had built some of the greatest tools for creativity and self-expression that humanity has ever seen. He wanted the rest of us to live our own lives fully and richly too, and he was going to make absolutely sure we did -- whether we liked it or not.

 ジョブズは正しかった。ほとんどいつもの場合と同じように。そして、彼は自分自身のアドバイスに従った。彼は自分自身以外の人の生を生きなかった。そして、自分のハート、自分の直感に従ったのだ。時には、破滅の淵まで追いやられた。時には、他の人たちの先見を圧倒するよう導かれ、彼らの内なる声をジョブズ自身のそれの中に埋もれさせた。しかし、決して解けないジョブズパラドックスがある。彼が死んだとき、彼は、これまで人間が目にした中で最も優れた、創造力と自己表現のための道具のいくつかを遺していたのだ。彼は、彼以外の人も、自分自身の人生を十全に豊かに生きて欲しいと思っていた。そして、彼は、私たちが絶対にそうするようにしようとしていた。―私たちが、それを良しと思うか否かに関係なく。

ジョブズパラドックス―これは興味深い指摘です。彼は、自らにも他者にも、「他人の生を生きるな」と言った。しかし、自らの生を生き抜いたジョブズが遺した最大の遺産は、他の人たちが自らの生を、より充実して、より豊かに生きるための画期的な道具の数々だったのです。