- 作者: 米沢富美子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1995/09/22
- メディア: 単行本
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岩波科学ライブラリーの一冊。
僕は自然科学をろくに勉強したことがないから(センター試験のために化学の暗記をした程度だ)、サイエンス全般についてはからっきしなのだけど、この本は、中学程度の数学が理解できれば十分に理解できる。そして、扱っているのは、20世紀も終わりになってから本格的に研究されるようになった、カオス(複雑系)だ。難しいことを、とても平易な切り口で記述する著者の手腕にはただただ脱帽だ。
カオスとは、初期値がほんの少し違うだけで、結果が大きく異なる系のことだ。著者は、人口予測に関連付けて、
y = ax(1-x) ただし、0
という、中学生でもイメージできる放物線から、カオスが生まれることを紹介する。(この式は「ロジスティック写像」というもので、カオス理論では基本中の基本だそうだ。詳しくはこのウェブサイトを参照)
カオスの発見によって、物理学の「解の安定性(予測可能性)神話」は崩壊した。それでも、「単純な系から」(つまり決定論的な系から)人知が及ばぬ複雑な結果が生まれるとしたら、これはぞくぞくするほど不思議で面白いことだ。
もう1点、著者は、今日の生命科学にも触れる。分子生物学は、声明の遺伝コードを解き明かしたが、それでも「生命とは何か」というのは一筋縄ではいかない問いだ。著者のことばを引くと、
「生物にとっての原子」を求めて、生き物を臓器に分け、細胞に分け、最終的には遺伝子、DNAにまでたどり着いても、生命はまだ十分には理解されていないのです。たとえば小さなハエ一匹にしても、要素に分けて、窒素が何ミリグラム、炭素が何ミリグラムと分析することはできます。しかし逆に、その窒素や炭素などをまったく同じ量だけ集めて、電気炉に入れてスパークを飛ばしたとしても、それがハエとして動き出したりはしません。(p.79)
そういうわけで、今日、生物学では、複雑系の知見を使い、コンピュータでシミュレートすることで生命の謎に迫ろうという研究もあるそうだ。
学生時代にサイエンスを勉強しなかったことは惜しいけれど、でも、だからこそ、今勉強したら、それだけ一層面白く、かけがえがないように思われるのだろうか。自然界と数学は、まるで神様が悪戯をしたかのような不思議で満ち満ちている。この小冊子『複雑さを科学する』は、分かりやすいのに加え、著者の温かな息吹と、ささやかな知的興奮が伝わってくる、すばらしい入門書だ。同じ岩波科学ライブラリーの、他の本も読んでみるつもりだ。