- 作者: ゲーテ,高橋義孝
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1951/03/02
- メディア: 文庫
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大分前に読んだ小説で、読み終えた直後の胸のざわつきはもう残っていないけれど、主人公ウェルテルの激情と思慕が鮮やかに描かれ、感情の細やかな襞までが立体的に浮き立ってくるようで、読後はただ恍然とした。主人公ウェルテルは、婚約者の女性への叶わぬ恋に絶望してピストルで自殺するが、当時のドイツで、この小説がまさに引き金となって若者の自殺が相次いだという事実も、この繊細な物語が、人の心の闇の深淵にまで届く訴求力をもっていることの証左だ。
今、この作品が描かれるまでの経緯―すなわち、ゲーテ自身の失恋―に着想を得た映画『ゲーテの恋〜君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」〜』を観たばかりで、改めて文庫本を繰ってみた。どの頁にも、かつてゲーテが経験した激情がほとばしっている。感情を制御しきれない主人公ウェルテルが、蘇る。
僕自身も、感情の奔流に呑まれることが、よくあるのだ。僕は今はもう三十歳だから、苦悩を甘美として捉えるには歳をとりすぎているかもしれないが、それでも、僕の深層には、肥えた土壌のように、ときに甘美に感じられるような苦悩が、ことばにならないままに沈積している。優れた文学、そしてときに映画や音楽は、僕自身のことばにはならぬうちに、そのぐじゃぐじゃを活動させる。僕はウェルテルのように婚約者のいる女性に恋をしたことはないが、『若きウェルテルの悩み』は、失恋という経験をはるかに超越して、感情の抗い難い奔流という、人間の苦悩に迫る、普遍性をもつ傑作だ。
映画は、史実とは異なるところはあるが、ゲーテが、失恋で押し潰されそうな心を物語に昇華し、その才能を開花させたとき、僕は、共感と憧憬とでほとんど泣きそうになった。美しい映画だった。