Taku's Blog(翻訳・創作を中心に)

英語を教える傍ら、翻訳をしたり短篇や詩を書いたりしたのを載せています。

ニューヨーク・タイムズ・マガジン『村上春樹の強烈な想像力』より。

10月21日、The New York Times Magazineに、"The Fierce Imagination of Haruki Murakami"(『村上春樹の強烈な想像力』)と題された記事が掲載されました。英語版"1Q84"発売の直前に合わせた記事です。この雑誌は、日刊の新聞に載せるには長い記事を、魅力的な写真とともに掲載することで知られています。(この記事は、印刷したらA4で11枚にも渡ります。)いち村上春樹ファンとして、興味深いところを抜粋して紹介します。執筆はSam Anderson、文学的な趣の漂う素敵な記事です。村上氏の写真は、アラーキーこと荒木経惟氏によるもの。記事の訳文は全て私によるものです。

日本のメディアにほとんど露出しない村上氏ですが、このSam Anderson氏は、村上氏のオフィス、自宅で取材し、一緒にランニングをしたそうです。

The Fierce Imagination of Haruki Murakami (The New York Times Magazine)

 バック・コピー購入のための連絡先へのリンクはこのブログ記事の下部に貼りました。日本国内の大型書店では調べた限り入手できないようです。(10月31日追記:丸善に、個人で取り寄せ可能な旨を伝え、店舗での取り扱いをお願いしていたのですが、「やはり弊社としては取り扱いできません」との回答をいただきました。)

 購入するには、アメリカのNYTに直接コンタクトをとる必要があります。

村上氏の生まれてから最初の記憶。
 

 One protagonist of Murakami’s new novel, “1Q84,” is tormented by his first memory to such an extent that he makes a point of asking everyone he meets about their own. When I met Murakami, finally, in his Tokyo office, I made a point of asking him what his own first memory was. When he was 3, he told me, he managed somehow to walk out the front door of his house all by himself. He tottered across the road, then fell into a creek. The water swept him downstream toward a dark and terrible tunnel. Just as he was about to enter it, however, his mother reached down and saved him. “I remember it very clearly,” he said. “The coldness of the water and the darkness of the tunnel — the shape of that darkness. It’s scary. I think that’s why I’m attracted to darkness.”

 村上の新しい小説『1Q84』の主人公の1人は、彼の生まれて最初の記憶に非常に苦しめられる。出会う人皆に、わざわざ生まれて最初の記憶について尋ねるほどにだ。私が、村上の東京のオフィスにやっとのことで到着して彼に会ったとき、私は村上に、自身の最初の記憶は何かと尋ねた。彼が語ってくれたのは、以下のような話だ。彼が3歳のとき、どういうわけか、家の玄関からたった一人で歩き出すことができた。よちよち歩きで道路を渡り、それから溝に落ちてしまった。水が、暗くおぞましいトンネルの方に彼を押し流した。そのトンネルの中にまさに流され込もうとするその瞬間、彼のお母さんが手を差し伸べ、救ってくれた。「とても鮮明に覚えています」と彼は言った。「水の冷たさ、トンネルの暗がり―あの暗闇の形。恐ろしいですよ。でも、それが、今僕が闇に惹きつけられる理由なんじゃないかと思います」

 
何年も自らを缶詰状態において、極限まで集中して長編小説を書く村上氏が、集中力について語った箇所。

 “Concentration is one of the happiest things in my life,” he said. “If you cannot concentrate, you are not so happy. I’m not a fast thinker, but once I am interested in something, I am doing it for many years. I don’t get bored. I’m kind of a big kettle. It takes time to get boiled, but then I’m always hot.”

 「集中力は、僕の人生で一番幸福をもたらしてくれるものの一つですね」と村上氏は語った。「集中できない人って、そんなに幸せではないでしょう。僕は、頭の回転は速くない。でも、一度何かに集中すると、何年もそれをやります。退屈することはありませんね。大きなヤカンみたいなものです。沸騰するのには時間がかかる。でも、それからはずっと熱いままです。」

1Q84』という長大な物語が、短編『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』から生まれたという逸話に触れる箇所。(この短編は、『カンガルー日和』に所収。)

 This giant book, however, grew from the tiniest of seeds. According to Murakami, “1Q84” is just an amplification of one of his most popular short stories, “On Seeing the 100% Perfect Girl One Beautiful April Morning,” which (in its English version) is five pages long. “Basically, it’s the same,” he told me. “A boy meets a girl. They have separated and are looking for each other. It’s a simple story. I just made it long.”

 “1Q84” is not, actually, a simple story. Its plot may not even be fully summarizable — at least not in the space of a magazine article, written in human language, on this astral plane...

 しかし、この巨大な本(訳注:『1Q84』のこと。日本語版は3巻に分けられているが、英語版は932ページから成る1冊の本。村上はこれを初めて見せられて「電話帳みたいだ」と驚いていた)は、考えられうる限りもっとも小さな種子の産物だ。村上によると、『1Q84』は、彼の最も人気の短編の一つ『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』の拡大版に過ぎないということだ。英語版では、5ページの作品だ。「基本的には、同じものなんですよ」と村上は語った。「男女が出会う。2人は離れていて、互いを探し求めている。シンプルな物語です。僕は、ただそれを長くしただけです。」

 『1Q84』は、実のところ、シンプルな物語ではない。粗筋を満足に記述することさえ不可能かもしれない。少なくとも、雑誌記事の紙面では無理だ。人間のことばで、この不思議の世界について要約するのは。…

村上が、「リトル・ピープル」について語った箇所。
 

 I told Murakami that I was surprised to discover, after so many surprising books, that he managed to surprise me again. As usual, he took no credit, claiming to be just a boring old vessel for his imagination.

 “The Little People came suddenly,” he said. “I don’t know who they are. I don’t know what it means. I was a prisoner of the story. I had no choice. They came, and I described it. That is my work.”

 私は村上に、これまで何度も著作で驚かされているが、またしても驚かされてしまったことに驚いていると伝えた。村上は、いつもと同じように、誉められるべきは自分ではないと言った。自分は、想像力のための、ただの退屈で古びた容れ物なのだと。

 「リトル・ピープルは突然やってきました」と彼は言った。「僕は、リトルピープルが何者であるか、何を意味しているのか、分からないのです。僕は、物語の囚人だった。選択肢は他になかったのです。彼らはやって来た。だから僕はそれを書いた。それが僕の仕事です。」

村上が『1Q84』を出版してから、現実に存在する「青豆さん」から手紙を受け取ったという話。
 

 After publishing “1Q84,” Murakami received a letter from a family with the surname “Aomame,” a name so improbable (remember: “green peas”) he thought he invented it. He sent them a signed copy of the book.

 『1Q84』を出版した後で、村上は、「青豆」という姓の家族からの手紙を受け取った。とてもありそうにない苗字だから(思い出して欲しい。「緑色の豆」という意味なのだ)彼は、自分がその苗字を作ったと思っていたのだ。彼は、現実の青豆さんに、サイン本を送った。

ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』と、小澤征爾氏からのお礼の話。
 

 I asked if we could listen to a record, and Murakami put on Janacek’s “Sinfonietta,” the song that kicks off, and then periodically haunts, the narrative of “1Q84.” It is, as the book suggests, truly the worst possible music for a traffic jam: busy, upbeat, dramatic — like five normal songs fighting for supremacy inside an empty paint can. This makes it the perfect theme for the frantic, lumpy, violent adventure of “1Q84.” Shouting over the music, Murakami told me that he chose the “Sinfonietta” precisely for its weirdness. “Just once I heard that music in a concert hall,” he said. “There were 15 trumpeters behind the orchestra. Strange. Very strange. . . . And that weirdness fits very well in this book. I cannot imagine what other kind of music is fitting so well in this story.” He said he listened to the song, over and over, as he wrote the opening scene. “I chose the ‘Sinfonietta’ because that is not a popular music at all. But after I published this book, the music became popular in this country. . . . Mr. Seiji Ozawa thanked me. His record has sold well.”

 (訳注:2人は村上の自宅にいる。10,000枚ほどのレコードがある。)
 レコードを聴きませんかと私は村上に言った。彼は、ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』をターンテーブルに載せた。『1Q84』の冒頭で、そして、物語の中でも時折流れる曲だ。小説に書かれてあるように、確かに、渋滞の中で聴くには最悪の音楽だ。飾り気たっぷり、アップビートで劇的―空っぽのペンキの缶の中で、5つのありふれた曲が、誰が一番かと喧嘩しているようだ。『1Q84』の、荒々しく、波瀾に満ち、暴力的な冒険には、完璧なテーマ曲だ。音楽に重ねて大きな声で、村上は、まさに変な音楽だから『シンフォニエッタ』を選んだのだと言った。「一度だけ、コンサート・ホールでこの曲を聴いたことがあります。オーケストラの後ろには、15人のとトランペット奏者がいた。変わってます、すごく。…それで、その奇妙さが、この本にとてもよく合ったんです。この本にこんなに合う曲は他に思いつきません。」彼は、物語の冒頭を書いていたとき、この曲を何度も聴いていたと言った。「僕が『シンフォニエッタ』を選んだのは、それが全然人気のある曲ではなかったからでもあるんです。でも、この本を出してから、日本で人気が出た。…小澤征爾さんがお礼を言ってくださったんです。レコードがよく売れたから。」

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村上の文学全体を通して流れている通奏低音、二人でランニングをして海を眺めた話、記事の終わりの蝶々の話などなど、他にも紹介したいことがあるのですが、記事自体がひとつの作品として仕上がっているところがあるので、個々にピックアップするのはやめておきます。

私(このブログを書いている「私」です)は、『1Q84』は、現時点での村上の最高傑作だと思っています。お勧めです。

(追記)
購入方法を調べる検索語からこのウェブサイトに辿り着かれた方も多くおられたので、ここに追記します。
ニューヨーク・タイムズ・マガジンは、いわばNYTの新聞の日曜版なのですが、この新聞を購読せず、雑誌だけを講読することはできないようです。I need to know if I can buy JUST The New ... もっとも、大学図書館含め、大きな図書館では見られることもあることが多いですが…。
ただ、バックナンバーはこちらで購入できます。全て英語で手続きしなければいけませんが。私は記念に購入しました。国際通話をする際には、010を初めにつけて、さらにアメリカの国番号1をつけてから、サイト上にある番号201-750-5339をダイヤルします。Help - The New York Times

1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 3

1Q84 BOOK 3

1Q84

1Q84

カンガルー日和 (講談社文庫)

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