読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

眠れぬ夜の詩

創作

君は屠殺場において

鼻輪に綱を牽かれ出でたる牛が

漆黒の目を涙に泳がせ曖昧に啼き

(彼は何事か分からぬが、不安なのだ)

おろおろ廻り、たぢろぎ、怖氣づく、と

瞬目のうちに

彼は電氣ショックを與へられ

冷ややかな瀝青に崩れ落ち

やにわに現るる靜寂が

時を止めるのを

見たことがあるか。


君は烈日の朝に

砂埃を吹き荒ばせ踊りたる軍鶏が

金色の太陽を身體に浴びせ陽氣に歌ひ

(彼は何事も分からぬ故、樂觀してゐるのだ)

ちよこちよこ歩き、砂を啄み、氣がたゆむ、と

瞬目のうちに

彼は老練な飼育者に抱へられ

翼に首を押しこまれ

やにわに鳴る乾いた音が

彼の頸骨を折るのを

聽いたことがあるか。


實のところ

私は肉を喰ふにも拘はらず、さうした光景に遭遇したことがないのだよ。

命を亡くした彼らへの

弔ひといつては可笑しいが

想像くらゐはして遣らうと

その心象を書いたに過ぎぬ。

あるいは、私から隱匿された死を取り返さうとしてゐるのかも知れぬ。

譬へば私が

鐵道に飛び込んで瞬時に死ぬと

私の生臭ひ肉片や腦髄や、温かい血飛沫や、粉々になつた肋骨や頭蓋骨が跳ね散るだらう。

運轉手と屍體片附けをする人、何人かの警官くらゐは嫌な心持ちでそれを見るだらうが

見ずにすんだ大部分は

私の破摧した汚い肉體を見ておぞましく思ふよりも

正確に機能する腕時計を見て忌々しく舌をならすだらう。

結局、私は、清潔な都市に住んでゐるのだ。

死臭どころか、體臭も、口臭もいづれは抹消されるだらう。


さうした形では私は決して死なないが、

君よ。

私は

死が何事か分からぬが故に不安であり、

同時に

死が何事か分からぬ故に樂觀もしてゐる。

だがその樂觀は

いつの日か

やにわに不安へと飜るに相違ないのだ。

だから君よ。

いましがたの牛と軍鶏ほどに非情にでなくともよい。

私はいづれ死ぬのだから

想像くらゐはしてやつてくれ。