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チャールズ・ディケンズ 『クリスマス・キャロル』

書評

クリスマス・キャロル (新潮文庫)

クリスマス・キャロル (新潮文庫)


 僕は年末年始が大嫌いだった。欧米で「クリスマスが嫌い」というような偏屈者だった。いつも強張った心になって、家から出ずに、不愉快な顔をしていたものだった。

 それでも、この年末年始は心穏やかに愉しく過ごすことができた。最大の要因はもちろん心身の調子が良かったことだけど、年始に時期はずれの『クリスマス・キャロル』を読んだのも無関係ではなかった。

 物語は素朴だ。意地悪な守銭奴スクルージは、幽霊(精霊)に、過去のクリスマス(懐かしき少年時代)、現在のクリスマス(心からクリスマスを祝い楽しむ人びと)、未来のクリスマス(自分がいかに憎まれて死んだか)を見せられる。スクルージは、悔い改め、これからはクリスマスを素直に祝う親切な好老爺になりました。めでたしめでたし。

 クリスマスに心を堅く閉ざすのではなく、笑顔で、人びとを温かく歓待しなさい、という教訓をこの物語から読み取るのは容易い。しかし、僕にとっては、年末年始にこれをやるのをひどく難しく感じていたから、この温かな物語は、余計に心を打った。畢竟、硬直した心の持主は、ほとんどの場合、大人なのだ。

 この本の翻訳はもとは1952年に出版されたものだが、訳文が古くなり現代の読者にはいささか読みにくくなっただろうということで、明治の人であった訳者村岡花子さんの訳文の味わいを壊さない範囲で、2011年に「赤毛のアン記念館 村岡花子文庫」の村岡美枝さん・村岡恵理さん(おそらくお二人のご令嬢かお孫さんだろう)が訳文を直しておられる。したがって、全体を通して、味わい深く、かつ読みやすい翻訳に仕上がっている。

 ちなみに、英語でスクルージ(scrooge)と言えば、守銭奴、ケチを表す。(リンク参照)もちろん、この作品からの派生だ。ディケンズの人物描写がいかに巧みで、人びとに強い印象を与えてきたかの証左のひとつだ。