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レベッカ・ブラウン 『体の贈り物』 Rebecca Brown "The Gifts of the Body"

書評

体の贈り物 (新潮文庫)

体の贈り物 (新潮文庫)

 主人公は、エイズ患者の―間もなく死ぬことを運命づけられた人々の―身の回りの世話をする女性、おそらく20代か30代の女性である。名前は明かされない。11の短編から構成され、個々の短篇は、主人公の女性と、世話をされる患者の2人を軸としている。すべての物語が、「〜の贈り物」と題され(『汗の贈り物』『充足の贈り物』…etc.)、それぞれを独立した作品として読むこともできるが、それらは、時間軸に沿って並べられている。順に読み進めれば、前に現れた患者が別の作品で再び現れ、彼ら彼女たちの「その後」を知ることもできるし、主人公の女性の心の変化を辿ることもできる。

 短篇集としてのタイトルは『体の贈り物』であるが、セックスについての記述はまったくない。主人公が観察した、世話される身体が、細部までとても丁寧に記述されている。世話をされる患者は、子どもへと回帰するようだ。

 自分の母親ほどもある女性を世話する『充足の贈り物』の終わりを引用して、それを見ておきたい。(この女性はその後何度か別の作品でも登場する)
 

 私はスポンジに石鹸を塗って、彼女の両腕を洗った。首を洗い、背中を、お腹を洗った。肋骨まで行くと、私はためらった。傷のところが不安だったのだ。
 「もう痛くないの」と彼女は言った。
 それで傷のまわりを洗うことが洗うことができた。
 体を洗い終えると、私は彼女がバスタブから出るのを手伝い、タオルでぽんぽんと拭いて、寝間着を着せてあげた。二人で一緒に歩いて、彼女の部屋まで連れていった。彼女は私の腕を引きよせて自分の腰に巻きつけ、私に寄りかかって歩いた。
 彼女はベッドの上に腰かけて、縁をぎゅっとつかんだ。息が荒かった。私は彼女の足を持ち上げ、横になるのを手伝った。彼女の首のうしろを支えて、枕に頭を横たえ、毛布を引き上げた。私は毛布を首まで引き上げ、小さかったころ母がしてくれたみたいに彼女の体をすっぽり包んだ。

 この短篇集でもう一つ特徴的なことは、登場人物の過去についての記述が全くないこと、主人公の過去のこと、この介護の仕事以外の現在の事情が全く語られないことだ。

 だから、私たちは、彼ら彼女たちがなぜエイズに感染したのか全くわからない。主人公がなぜこの仕事をしているのかわからない。作者のレベッカ・ブラウンは意図的にそうしたのだろうか、私たちに与えられるのは「現在」しかない。過去からは断絶され、未来への希望は、ないのだ。

 主人公の体が知覚した、患者たちの体が丁寧に描かれると(これは柴田元幸の翻訳で読んだ書評だが、とても柔らかな筆致だ)、私たちは、そこに体が現れてくるのを感じる。主人公の優しさと苦しみを、患者たちの息遣いと温もりを感じる。現在、そこにあるものとして。現在、立ち上がる物語の中に。それぞれの物語で、主人公から患者に、あるいは患者から主人公に「贈り物」が贈られる。それが、現在を、過去と未来から切り離され前景化された現在を、いっそう愛おしいものにしている。

The Gifts of the Body

The Gifts of the Body