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米沢富美子 『複雑さを科学する』

書評

複雑さを科学する (岩波科学ライブラリー)

複雑さを科学する (岩波科学ライブラリー)

 岩波科学ライブラリーの一冊。

 僕は自然科学をろくに勉強したことがないから(センター試験のために化学の暗記をした程度だ)、サイエンス全般についてはからっきしなのだけど、この本は、中学程度の数学が理解できれば十分に理解できる。そして、扱っているのは、20世紀も終わりになってから本格的に研究されるようになった、カオス(複雑系)だ。難しいことを、とても平易な切り口で記述する著者の手腕にはただただ脱帽だ。

 カオスとは、初期値がほんの少し違うだけで、結果が大きく異なる系のことだ。著者は、人口予測に関連付けて、

   y = ax(1-x)  ただし、0


という、中学生でもイメージできる放物線から、カオスが生まれることを紹介する。(この式は「ロジスティック写像」というもので、カオス理論では基本中の基本だそうだ。詳しくはこのウェブサイトを参照)

 カオスの発見によって、物理学の「解の安定性(予測可能性)神話」は崩壊した。それでも、「単純な系から」(つまり決定論的な系から)人知が及ばぬ複雑な結果が生まれるとしたら、これはぞくぞくするほど不思議で面白いことだ。

 もう1点、著者は、今日の生命科学にも触れる。分子生物学は、声明の遺伝コードを解き明かしたが、それでも「生命とは何か」というのは一筋縄ではいかない問いだ。著者のことばを引くと、

 「生物にとっての原子」を求めて、生き物を臓器に分け、細胞に分け、最終的には遺伝子、DNAにまでたどり着いても、生命はまだ十分には理解されていないのです。たとえば小さなハエ一匹にしても、要素に分けて、窒素が何ミリグラム、炭素が何ミリグラムと分析することはできます。しかし逆に、その窒素や炭素などをまったく同じ量だけ集めて、電気炉に入れてスパークを飛ばしたとしても、それがハエとして動き出したりはしません。(p.79)

 そういうわけで、今日、生物学では、複雑系の知見を使い、コンピュータでシミュレートすることで生命の謎に迫ろうという研究もあるそうだ。


 学生時代にサイエンスを勉強しなかったことは惜しいけれど、でも、だからこそ、今勉強したら、それだけ一層面白く、かけがえがないように思われるのだろうか。自然界と数学は、まるで神様が悪戯をしたかのような不思議で満ち満ちている。この小冊子『複雑さを科学する』は、分かりやすいのに加え、著者の温かな息吹と、ささやかな知的興奮が伝わってくる、すばらしい入門書だ。同じ岩波科学ライブラリーの、他の本も読んでみるつもりだ。