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ジャック・ロンドン 『火を熾す』

書評

火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)

火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)

 生涯を通して200本の短篇小説を残したジャック・ロンドンの、珠玉の9本の短篇集。訳者である柴田元幸は「ロンドンの文章は剛速球投手の投げる球のような勢いがあり、誠実で、率直で、ほかの作家ではなかなか得られないノー・ナンセンスな力強さに貫かれている」と評するが、さすが日本を代表する英文翻訳者、その勢いがそのまま伝わってくる訳文の短篇ばかりである。

 本書には『一枚のステーキ』という短篇が収められている。「ステーキを一枚食うことさえできたら…」と悔やむ、年配のボクサーの物語だ。ジャック・ロンドンの短篇は、豪快に焼かれ、シンプルに味付けされた良質なステーキの旨さを思い起こさせる。人間の生が、野生性が、ありありと描かれていて、とは言っても、決して大味ではなく、深い味わいと余韻を湛えている。

 そして、ロンドンの短篇は、私たちに、人生を生きることとは、戦うことであるということを教えてくれる。相手が、極寒の大自然であれ、意地悪なボクサーであれ、内なる他者であれ。勝つこともあるし、負けることもある。それでも、私たちは、戦いを通して、強くなれるのだ。これは素朴な人生観だが、幼い頃からのそんな希望を想って胸が温かくなった。